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サッカー日本代表戦と禁断のメモ

老境に抗い、老人はメモをとる

老人にとってニュースがわかりづらい時代になってしまった。

横文字の氾濫。次から次へと世間を踊り狂っては、短い生命で消えゆく言葉。怪しい知識人が生みだす、必要のない流行語。

N氏の母親もまた、氾濫する言葉についていけなくない老人のひとりだ。さらに、老化現象も追い打ちをかけている。

いつからか、彼女は新しい言葉を記憶になんとかとどめようと、テレビを見ながら繰り返し、思いつくままにメモをとるようになった。

「キャピタルゲイン、キャピタルゲイン、親ガチャ、親ガチャ、バロンドール、バロンドール、メッシ、メッシ、オミクロン株、オミクロン株、石田純一、石田純一」

こんな具合に、メモ帳や新聞の空いているスペースなどに鉛筆で走り書きをするのである。

ところが、先日、まさにその行為がN氏の精神錯乱を引き起こす事件となったのだ。

ワールドカップ予選を録画でチマチマ観る男

発端はサッカーワールドカップのテレビ中継「日本代表 対 オーストラリア代表(男子)」の試合。

N氏はサッカーのテレビ中継は時間がもったいないのでリアルタイムで観ない。録画しておいて仕事を済ませ、後から観るのである。

観るときは試合開始の直前まで早送り。ハーフタイムも早送り。後半になり、選手も疲れてきてプレイがダラダラ遅くなれば、1.5倍速。選手や監督のコメントも興味がある時だけしか観ない。

ところが、リアルタイムで観ない場合、数々の問題がある。パソコンで仕事中、速報で「ただいまの試合結果」が表示されてしまう。

試合結果との鉢合わせを避けるため、なるべくポータルサイトを開かない。Twitterは要注意。開いたとたんに、タイムラインに結果がつぶやかれているのだから。

誤って開いてしまったときは慌てて目をつぶる。そして、ゆっくり薄目を開けてタブの位置だけを確認して閉じる。

その習慣ができたせいか、最近では代表カラーの青い画像が目に入っただけで、とっさに目を閉じる特技さえ身に着けたN氏。

だが、もう一つ、問題がある。母親だ。

せっかくスコッチでも飲みながら録画した試合を見ようとテレビの前に座ると、通りすがりに「日本代表、負けたよ」とこれまでの苦労を台無しにするひと言が投げかけられる。

そこで、N氏はこの日、試合結果を言わないようにと、大人げなく母親に念を押した。

録画再生ボタンを押す直前、禁断のメモが!

そして、無事に代表の試合が終わった頃、仕事を切り上げてテレビの前に座った。そこへ案の定、母親が登場。

言うなよ。びくびくして顔を見ると、約束を覚えていたらしく「これから見るのかい?フフフ」と意味深な笑顔を浮かべた。

夜の老人の笑顔はただでさえ怖い。なのに、なんなのだ、そのなんとも言えない微妙な表情は?

勝ったのか、負けたのか。どっちなの?いずれわかるのだから、どうでもいいことなのだが、モヤモヤが始まった。

いつもの中継を観るのと違う緊張感。テレビの前に座り、何気なく椅子の横に手を置く。その時、なにかの紙が手に触れた。

母親が乱雑に走り書きしたメモだ。

「2、オナイウ阿道、オナイウ阿道、古橋亨梧、古橋亨梧、アディショナルタイム、アディショナルタイム、オウンゴール、オウンゴール、浅野拓磨、浅野拓磨、長友」

これは一体なんだ?! なにが起きた?!

後編はこちらです。


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