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偏見を超えるために

偏見に悩まされること、つまり、人にどう思われるかということにたくさんのエネルギーを使うことは無駄だと思います。その上、自分の行動にブレーキをかける要因であることも多いのです。

近年、タトゥーを入れる人が増えています。特に若い人や海外ではとても人気です。あなたは、Yes派それともNo派?どちらでしょうか?

今から、10年くらい前の日本では、まだまだタトゥーへの認識がレアだったので、とても奇異な目で見る人や罪悪人のように思っている人がたくさんいました。

私もその1人でしたから人のこと言えないのですが、タトゥーを見たら、なんかやばい物見てしまったって思って目をそらしたりしていました。タトゥーに対して理解がなかったのです。

自分が、そんな偏見を持っていたことすら、多数派にいると気づかないものです。

ところが、そんなある日、海外出張が多い主人が仕事を終えて帰国したら、なんと足元にタトゥーが入っているではありませんか!

なっ、なっ、なんと!

初めて、タトゥーを入れている人の気持ちを考えました。もちろん、最初は、受け入れられず、怒りまくりました。だって、幼い子供が2人もいるんですよ!何考えてんだって、普通の日本人の私は思うわけですよ。

案の定、あらゆる場面で障害がでてきました。プールに入れないとか、温泉に行けないとか、それをテープで隠したりして大変でした!

私は、タトゥーを入れる人の気持ちが全く理解できないと言うわけではないのです。オシャレだし、カッコいいと心から思います また、文化の違いで入れるのが当たり前の国もあります。

国際的な異文化にこんなに対抗していては、前に進めません。

また、身内にいることで他人事ではなくなりました。タトゥーに対して否定的な意見を聞けば心痛みますし、心無い言葉に傷ついます。最初は、どちらの気持ちもわかるので挟み撃ちになって自分の気持ちの置き場所に困ってしまいました。

夏に出かける時、マンションの住民の人達の目が気になったり、なぜ、そんな風に肩身の狭い思いをしなければならないのかと考えると彼に対しても腹立たしく感じたりもしました。

だからって、まさかタトゥー離婚する訳にもいかず、かと言ってこの価値観の違いはどう埋めたらいいのか分かりませんでした。

別に罪を犯したわけではないのにこんなに悩まされるなら実際、旦那や家族が罪人になった時は居たたまれないだろうなと想像したりしていました。

今は、たまたまタトゥーの例で話していますがこの類の人種差別的なものは、よくあることだと思います。

少数派の者は多数派に比べて圧倒的に弱い立場にいるのだとつくづく感じました。

いろんな考えがあっていいんだ!いろんな人がいていいんだ!もっと、もっと、そんなお互い違いを個性として受け入れることのできる国になっていかなければならないと思います。

今回の出来事で、私の心臓は、なんてかわいい心臓なんだろう。だから人の目が怖くて自分の気持ちを伝えたり、主張したりすることができないんだと感じました。

そして、その逆になんでも自分のしたいこと、自分の主張をズバズバ言ったり、行動したり、人の目を気にしない人にどこか自分にないものを感じて羨ましいと思っていることも分かりました。

私自身が挑戦者になり、人の前に立つような根性のある、骨になる奴になること、これが次に私がなりたい自分になるための壁だろうと思いました。いつも、いつもそれを意識して壁をよじ登って超えるのにそこには次の壁が立ちふさがっています。

偏見を超えるために、そんな壁を登る努力を日々しています。

最近、「私は弱いので」とか、「人の目を気にしすぎて」とか言うと「どこが?」って言われることが多くなりました。少しは、心臓に毛が生えてる感じになってきたのでしょうか?

上には、上がいるのでしょうね!

私の壁は一向になくなりません(笑)


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