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シシテル #来会

僕はポストの内側から見える得体の知れないものに絶叫した。
それはガタガタと歯を鳴らしながらペチャペチャと涎を垂らしながら音を立てている。

一葉「あ…あああ……」

玄関の向こうで初老の男性の声が聞こえた。

「何も怖がらせることはないのだよ。あーこれは酷い。漏らしておる。あんまりやりすぎるなとあれほど忠告しただろうに。」

うるると声にならない声を上げてその得体の知れないものは玄関先の見えない声のもとに去っていった。


「驚かせてすまないね。私は茂庭双葉君を迎えにきたものだ。一葉君と言ったね。立派なお兄さんだ。こっちにきて話をしないかね。」

その声はとても暖かかった。
先ほどの恐怖が嘘のように消え僕の心は安堵に支配された。

一葉「今…」

四葉「開けるな!」

階段の上から怒鳴り声を上げたのは僕の姉さんだった。
僕の右腕はすでにドアの部を力一杯捻っていた。

一葉「ねぇちゃん!助けて!僕…手が動かない。」

僕は今出せる精一杯の力で叫んだ。
その声がそのまま発音できていたかはわからない。

四葉「ったく…面倒なことになった。あのね一葉よく聞いて…その手を離しなさい!」

一葉「でも動かない」

ブルブルと震えるその手を僕はもう片方の腕で押さえつけるので精一杯だった。

「一葉君?聞こえているのかな?聞こえているならこのドアを開けなさい。」

四葉「一葉!手を離しなさい!」

前後から届く声がどんどん大きくなっていき僕の頭の中でぐるぐると回り始める。

四葉「お母さんとお父さん、双葉の為にあなたは生きなきゃならない!今は負けちゃダメ!」

お姉ちゃんが涙をボロボロこぼしている。
僕は今何と会話をしていたのだろうか。外にいたものは僕の名前を知っていた。僕はそれが何かもわからないのに。

僕の右手にかかっていた力が解けていきドアノブから手を離した。

お姉ちゃんはそのまま僕のところへ駆け寄り僕を力一杯抱きしめた。

僕はドアの向こう側に立つ何かの囁きを耳を塞いでやり過ごすことしかできずそのまま意識が薄れていった。

この時、お母さんとお父さんと一葉はすでに死んでいた。
あの日の事故を思い出した。

料理もお姉ちゃんと一緒に作った。
僕の舌がおかしくなっていたんだ。

次の日お姉ちゃんの部屋で目が覚めた。
僕は学校に行く準備を終えて玄関を出ようとドアノブに手をかけるとピリッと痛みが走る。

扉の向こうには鳥の囀りと眩しいほど輝く太陽がいつもと同じ変わらない朝を知らせる。

黒いスーツを着た初老の男性と共に…

「おはよう。一葉君…」

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