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シシテル #別世

「おはよう。一葉君…」

絶句した…言葉が一切出てこない。
体が硬直し今まで体験したことがない金縛りに合っているような感覚を覚えた。

一葉「な…なんで…」

「私がここにいちゃ悪いのかな。」

初老の男性はワイシャツの襟元に人差し指を入れボタンを外したのちにネクタイを緩め口を開いた。

「単刀直入に言おう…私がこのエリアの担当でね…君のお母さんとお父さんを導いたものだ。あの世へね。」

初老の男性は話を続ける。

「双葉君も一緒にと思ったんだがどうやら君は一族の"それ"を継承している。全く面倒なことになったよ。いずれは来ることだろうとわかっていた。しかし怒ってみたら意外に面倒だと…分かった。茂庭一葉。」

一葉「なんで…僕の名前を…」

「このエリアの担当だからだ。」

僕の頭の中は不安と恐怖と釈然としない感情で埋め尽くされていた。
その時、初老の男性の足元からツノを生やした一体の小さな鬼が顔を出した。

小さい鬼「あの…この子は…」

初老の男性はその鬼の腹部を蹴り鬼は咳き込みながらその場に倒れた。

「黙れ…貴様が判断して良いものではない。」

僕は咄嗟にその小さな鬼の元へと体が動いていた。

一葉「大丈夫?傷だらけじゃないか…」

その鬼の身体はところどころ肉が削がれ角も折れていた。口元からはいつか吐血したであろう血が固まってこびりついてる。
僕はそれをみて今までにない怒りを覚えた。
"鬼“と言っているがその時の僕には恐怖など無かった。

「あーダメだよ…触ったら祟られるよ?地獄行きになってしまう。」

その言葉に従う意思はなかった。
目の前にいる奇妙な角の生えたあの日何処かで読んだ絵本に出てくるような小さな鬼の小さな手を掴んだ。

一葉「酷い…痛い…よね…でも大丈夫…きっとこうしていれば。僕が君を守る。2度とあいつには触らせない…2度も3度もない…今後もずっと。」

初老の男は目を細め僕を睨みつける。

「ガキが舐めた真似を…私は死神。そんな鬼の1匹や2匹捕まえたとてどうなる?獄炎の炎で傷なんぞ一瞬にして癒える生き物だ。そんな小さな虫ケラどもに構う暇があるならお前の父と母が望む天に来たらどうだ。」

その男の足元に闇が現れ今は泣きお母さんとお父さんが這いずり出てきた。

お母さん「一葉こっちへおいで…」

お父さん「ほら早くくるんだ。」

数日ぶりにみたお母さんとお父さんの顔を見て僕の小さな鬼を抱きしめていた腕の硬直が解ける。

一葉「お母さん…お父さん……」

口から黒い液体を垂らしぐにゃりと体を曲げながら姿を現すその光景でさえ自分の親だと認識すると安堵さえ覚える。

小鬼「ダメだ!あれは違う!」

赤くまるで絵の具を身体中に塗ったようなその小さな鬼が僕の愁嘆する心を打ち砕いた。

一葉「違う…そうだ…あれはお母さんでもお父さんでもない…ありがとう。もしお母さんとお父さんが天国に行ってるならここにはきていないはず。君名前は…」

僕は鬼にそう問いかけた。

小鬼「名前なんて…人間じゃないんだから…そんなのあるわけない…」

小さい鬼は俯きながら悲しそうな顔をしている。
その姿を見ていると先ほどまで抉れていた部分の傷が小さな炎を上げて治っていく。
その様子を見てふと思った。

一葉「じゃあ君の名前は癒鬼(ゆき)傷を癒す鬼で癒鬼!」

初老の男が僕のとった行動を見て叫んだ。

「貴様何をしているのか分かっているのか!やめろーーーーー」


僕の後ろにぽっかりと闇よりも深く暗い闇が現れた。

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