シシテル #彎曲
自宅に帰ると母は無言で夕食の支度をし、父はテレビのリモコンと湯呑みを握りながら少し空いたカーテンの隙間をじっと見つめている。
一葉「お母さん、お父さん、ただいま。」
この後に続く言葉が返ってこなかった。
こんな日々がもう1ヶ月は続いている。
僕も黙って夕食の支度をして僕だけが大きなテーブルに一人で座りご飯を残さず食べる。
最近のご飯は何も味がない。
僕の味覚がおかしいわけではなく、塩や醤油といった調味料が一切使用されていない素の味が喉を通る。
昔からご飯は不味くても残さないという教育を受けていたおかげで嫌いな食べ物はないが、最近の夕食は特に美味しいという感情が消えた。
食べ終わった食器をごちそうさまと言って流しにおくと母は無言で涙を流しながら沸騰したお湯をかき混ぜていた。
テーブルに置いた残りの夕食をお盆に乗せ2階へと上がり正面の扉を叩く。
ガチャっとドアを開けると大きめのタンクトップにヘッドホンをつけながらテレビゲームをしている僕と10才歳が離れたお姉ちゃんがいた。
一葉「四葉ねぇちゃん!」
かちゃかちゃとボタンを押す音が部屋に響き渡る。
大きな声でもう一度名前を呼ぶとガクッと頭を下ろしてヘッドホンを取り頭を掻きながらこちらをぎろりと睨む。
四葉「お前のせいで負けた。何?」
一葉「あの…ご飯…」
四葉「いらない…ってかあんた…まだ双葉と一緒にいんの?」
一葉「いや…これは…違くて…」
四葉「茂庭家にそんな言い訳は聞かないよ。お母さんとお父さんはもう見えないけど私たちがちゃんと受け継いでるんだから。つーかあんたの発動条件マジでキモイんだけど。」
そういうと立ち上がりよろよろとこちらに向かってくる。
四葉「双葉が死んだら目覚めるなんて…ねぇ」
一葉「違う!双葉じゃない!」
四葉「じゃあ、あんたの見えてるものは?」
一葉「違う!何も見えてない!」
そのまま僕は運んできた夕食につまずきながら階段を降りてリビングに戻った。
一葉「違う…違うんだ…僕は何も…僕は…僕は」
窓の外からは双葉が窓を叩いている。
双葉「一葉お兄ちゃん!僕も入れてよ!一葉お兄ちゃん!」
一葉「違う…違う違う違う!双葉!おいで!今ドアを!」
カーテンを捲りドアに触れると強い電流が指先を伝い脳みその奥まで響いた。
一葉「いっ……てぇぇぇ」
後にわかることだが永従結界というものが家全体に貼られているらしく中からも外からも怪異を寄せ付けない作りになっていた。
一葉「なんだ…これ…」
外からは何度も何度も僕を呼ぶ弟の声が聞こえる。
その時ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。
僕は双葉が鳴らしたのだと思い、今行くよと玄関へと走った。
目の前のドアノブに手をかけた瞬間、僕の背筋に悪寒が走った。
一葉「双葉はリビングの窓にいた…あの場所から玄関のチャイムは鳴らせただろうか…」
いや…絶対に届かない場所だ。
じゃあお客さんかなと思い額の汗が頬を伝い僕は恐る恐る声を上げた。
一葉「あの…どちら様ですか…」
「郵便です。」
ドアの向こう側の人はそう言った。
一葉「では、ドアの脇にあるポストにお入れください。」
「ごめんください。郵便です。」
そう言いながら一向にポストが内側に開かない。
一葉「あの…」
「郵便です。開けてください。」
僕は恐る恐る郵便受けに手を伸ばし、爪を引っ掛けて内側へ持ち上げ絶句した。
白目をむいて口をだらんと開けて涎を垂らした青白い人が僕を見つめていた。
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