最終回 Bcc 11

  コンクリートは灰色と程遠く、数日分の雨を吸収して黒い。忙しないワイパーの動きが止まった。
「着いたか」
 助手席の園田は言った。
「これ、根本の車か」
「はい」
「エンジン音でわかるんだよ。あいつが何度も送迎してくれたからな」
 隆二はサイドミラーを見た。
 停車する一台。同じ日産車。ボンネットが雨を弾いている。
「誰だ。誰が来てる?」
「さっき言ったでしょう。宅間さんです」
「馬鹿野郎。俺がマレーシアで消したって言っただろ」
 隆二はドアを開けた。
 トランクから灯油タンクを取り出し、車に放った。
 小雨に油が溶けてコンクリに流れた。
 女の声だった。この川の向こう、静かな公園で出会った声と一致している。六か月前。大倉山。朝の陽を浴びて、樹々の下を歩いた日と同じ声だった。
 園田は杖を手にドアを開けた。隆二の腕が伸びた。
 冷たい銃口が園田に触れた。後頭部を捉え、完全に動きを止めている。
「めくら撃ってどうする? 満足か」
「いいえ」
「こいつはベレッタか。四種類の弾が使えるやつ」
「確かめましょうか」
「てめえはいつからこの商売やってんだ。俺の脳みそぶちまけても銭にならんだろうが」
「親、呼んでください。あなたの首じゃ足りない」
「……やけに油臭いな。トランク開けただろ」
 足音が駆け込んでくる。園田は懐に手を入れた。
「女がいる。わかるぞ」
「園田」
 藤堂の声だった。
「マトリのクソ雌が」
 園田はライターを出した。
「宅間に売られちゃおしまいだ。責任くらい取るぞ。てめえら善人と一緒にな」
「俺を巻き込んでもマトリが笑うだけです」
 隆二は銃口をさらに押し込んだ。
「俺は逃げない。言ったでしょう」
 園田は黙り込んだ。
「明日、港北署に行きます。これで俺も足を洗える」
「黙れ」
 微かな音が走った。
 小雨に交じって一瞬だけ飛んだ。
 隆二は銃を地面に下げると、藤堂の手を引っ張り、セダンから離れた。 
 背中を焼き焦がす炎が上がった。瞬く間に辺りを包んだ。破裂音はすぐだった。隆二は藤堂の手を握りしめ、炎で真っ赤に染まる、宵闇の川のそばを走り抜けた。

 取調室に署の警察官が駆け付けた時、宮田はリボルバーを下ろした。
 まだ煙が銃口から白く立ち上っていた。床には蛍光灯の破片が飛び散り、足の踏み場もない。血の飛沫で壁は汚れていた。
 椅子に男が息絶えている。右手から、同じリボルバーが離れている。背中に数発の銃弾を受け、目を閉じている。矢崎の胸には二発。至近距離からの痕だった。ワイシャツの襟首は鮮血で染まっていた。
 宮田は静かに膝を落とした。                    

 弾を貫通したペットボトル。小さな机から血が、水が、音もなく滴り落ちていた。

(終)