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【掌編】リラックス・タイム

 火星人に肩を揉まれた話をする。

 断っておくけど、これ本当の話。決して誰にも話してはいけないとか、そういう類の話ではないよ。つい昨日、実際に起きた話なんだ。

 最初は〈1000円〉の文字を見て、そんなに安くていいのかと驚いた。殺風景な店内に立つ主人の顔は温和な人柄にしか見えなかった。きっと僕を含め、どの客も分け隔てなく笑顔で接する。入った瞬間、「ようこそ」と声を聞いて、もしかして長居するかもと察したのさ。

「千円って本当ですか」
「ええ。他の代金は頂きません」

 思わず胸ポケットに手を当ててしまった。ICレコーダーが入ってる。つまり、主人と交わしたこの短い会話が残る。くしゃみも、あくびも含めて。 
 早速、リクライニングチェアに腰かけた。改めて真っ白な壁の他、目にする物がない。
 主人は匠の技で僕の肩を一掴み。

「凝ってますね。お仕事ですか」
「はい。蟻さんを数えているうちに」

 一瞬の沈黙。
 蟻の数を数えて、報告するのが仕事内容。肩も凝る。透明なプラスチックケースに砂を大量に入れているため、とても重い。両肩と腰は石で囲ったようになる。朝、目が覚めるとロダンの作品になったかのよう。

「他に作業してますか」
「いや、蟻点検だけです」
「そうですか。お客さん、オプションお勧めしますよ。こんなに凝ってるなら外さない選択ないです」

 雲行きが怪しくなってきた。追加オプションを選べば、向こうの思うつぼ。実はそんなに凝っていなかった。砂入りのケースだって、夏休みの自由研究に使うサイズだ。ではどうしてマッサージをお願いしたかというと……。

「ちょうど近所に新装開店の看板が見えまして」
「ここを見つけた」
「はい。カット料金と変わらないですからね」
「お客さん」
「なんですか」
「うち、オプションがあるんですよ。五百円追加で」

 肩より悩ませるもの。それはライバル店の出現。堂々と向かい側にオープンするものだから、気にしないわけがなかった。
 そりゃ安い方を選ぶよね。だからって、スパイ活動を否定したくない。蟻は重くないし、ケースだって子供用。他店でせっせと穴を掘るのは僕、女王蟻の様子を見たかったのさ。

 ということでオプションを頼んだ。予想通り、通常コースとなんら変わらなかった。これでワンコインって、ほぼ詐欺だ。

「千円しかありません」

 相当な沈黙。
 財布は五百円追加を認めなかった。電子マネー? QRコード? NO。ぼったくりに使う金なし。 
 主人は笑って、僕に言った。

「火星に連れて行きますよ」

 軽い冗談だと思っていた。だけど目は笑っていなかったはず。
 恐る恐る振り返った。 
 なんと両目が急にぴかぴか赤く光り始めたのだ。こえーよ、ほんと。
 店から出たのは昼前だったと思う。財布に何も入っていなかった。千五百円、ちゃんと置いてきたからだ。

  店主の赤い目はあれから一度も光っていないようだ。今でも店に何も知らない客が入っていくのを見る。清々しく店を出る人間の顔を見て、僕は自分の店の、追加オプションメニューを考える。

 +500円
〈地球人に肩を揉んだ話を聞く〉

  店に鏡を置かない理由。それはね、反射しないようにするためなのさ。赤くなった部屋は故郷の土色と似てるけどね。
 ところでお客さん、凝りは直ったのかい?

「ええ、おかげさまで。キリギリスより働くものですから」

(おわり)