見出し画像

サウナ酒 1・大谷田温泉 明神の湯

 仕事が一段落し、めずらしく平日にぽっかり休みができた。
「じゃあ行くか」
 デイパックにパソコンと小説を入れ、スウェットパンツにTシャツ、上着のパーカーというラフな格好で玄関を出る。私の定宿ならぬ定サウナ、東京都足立区にある大谷田温泉 明神の湯へと向かうのだ。今から気分が高揚している。酒呑にとって、サウナ後の一杯は格別だからね。

 明神の湯は、漫画「こちら亀有公園前派出所」の舞台である常磐線亀有駅からタクシーで5分くらいの場所にあるが、私はいつも自宅から約40分ほど歩いて行く。日頃の運動不足の解消やダイエット目的も兼ねてのことだ。朝起きて空腹状態でのウォーキングは脂肪燃焼効果も高いと聞いて以来、出勤する際も朝食は摂らないまま駅まで徒歩で向かうようにしている。しかし、このサウナへ向かう徒歩は別の意味合いが強い。40分ほど歩くと、少し汗ばむくらいの適度な運動になるのだが、これはサウナ後の一杯のためのプロローグ。空腹と発汗により、体が水分や塩分をちょうど良く欲する状態に作り上げることが、サウナ酒を堪能するためには欠かせない。
 空は晴れ、適度に風も吹いている。外気浴にも最高の天気。素晴らしい休日になりそうだ。

 環七通りに繋がる幹線道路に面していることもあり、明神の湯には広い駐車場がある。平日の午前中なのでそこまで混雑していないとはいえ、そこそこの台数の車が既に駐車してあった。思いのほか平日でも結構来るもんなのだなと驚きながら、温泉施設のある2Fへと階段を上がる。
 靴箱は100円を入れるタイプ。もちろん帰りには返金されるものの、昔ながらのこのタイプは小銭を用意しなければならないところがちょっと面倒臭い。ただ、このレトロなスタイルもいつかは無くなっていくのだろうなと思うとなんだか哀愁も感じる。まず、この明神の湯の良さはなんと言っても入館料が安いこと。特に平日の14時までに入館すれば一日中居ても700円なのだ。土日でも900円。温泉とサウナを併設した都内のスーパー銭湯の中でも別格のコスパといえる。タオルや館内着は別料金(フェイスタオル、バスタオル、館内着のセットで500円)だが、私は館内着は借りずタオルもフェイスタオルだけで事足りるので、たった100円しかかからない。手ぶらで来ても合計800円也。
 さっそく券売機で入館料とレンタルのフェイスタオルを発券。タオルを受け取って男湯の暖簾をくぐると150ほどのロッカーが並ぶ脱衣所がある。そういえばここのロッカーも以前は100円を入れるタイプだったが、2023年から100円が不要なタイプに様変わりしたらしい。靴箱とは違い、風呂と食事処などを行き来する際に何度も100円を出し入れするのは面倒だったので、これはとてもありがたいリニューアルだ。

 ウォーキングで少し汗ばんだ体を軽く洗って、まずは天然ひばで作られた浴槽のあつ湯に浸かる。この風呂は濃塩の源泉温泉で舐めるとほんとにしょっぱい。温度は43度で長時間は浸かっていられないが、サウナ前に体を温める目的には最適だ。
 大谷田温泉と名乗るだけあり、風呂が充実している。内風呂には、今浸かっている源泉のあつ湯、その隣にぬる湯があり、露天には広めのあつ湯とぬるめの寝湯、ひのき風呂、さらに人肌の湯と、魅力的な風呂がいくつも用意されていて、湯船のバリエーションも愉しめる。
 あつ湯で体が温まったところで、本来の目的であるサウナへ。サウナも2種類あり、90度のドライサウナと50度ほどのミストサウナが用意されている。高温サウナ、水風呂、外気浴のセットを愉しむため、90度のドライサウナの扉を開ける。3段くらいの階段状のスペースにサウナマットが20名分くらい敷かれている。やはりそんなに混んでいないらしく、サウナ内には5~6名しか座っていない。これはラッキーだ。まずは一番温度の高い最上段に座り、壁にある12分計で時間を確かめる。サウナ内にはテレビがありチャンネルが固定されている。ひるおびが流れているからTBSか。
 空いているお陰で、サウナへ出入りする人数も少なく、いい具合に高温が保たれていた。神経質かもしれないが、頻繁に出入りされると気が散る上に、なんだか温度が下がっているような気になってしまう。
 あとこれはコロナ禍以前は思わなかったことだが、サウナ内で会話している人がいると気になるようになってしまった。まあ自分が一人で来ているからなのかもしれないが。コロナが蔓延してからは、どこのサウナでもサウナ内の会話は禁止になった。コロナが落ち着いたとはいえ、今でもサウナ内には「サウナでの会話はご遠慮ください」と貼り紙がされている。コロナが蔓延する前はサウナ内もずいぶん賑やかだったのだが、たかが数年でその頃のこともあまり思い出せなくなってしまった。サウナ内で声を出さないことが当たり前になったからなのか、暑さを我慢して「あー」とか「うー」とか呻く声なども気になるようになってしまっている。
 せっかく空いているサウナでいい環境だなと思ったのも束の間、室内にいる60歳過ぎくらいの年配の方がテレビを見ながら笑い声をあげ始めた。周りを気にすることもなく、自宅の居間でテレビを観ているのと同じ感覚なのかもしれない。本人に悪意はないのだろうが、こっちは笑い声が聞こえるたびに気になって仕方ない。しばしサウナの熱と笑い声を我慢し続け、8分過ぎたところで一旦サウナ室を出ることにした。
 かけ水で汗を流して、水風呂へ浸かる。
「あー」と思わず声が漏れた。
 自分ももしかしたら、気がつかないだけで、サウナ内でうめき声をあげているのかもしれないなと軽く頭をよぎった。水温は14度。後頭部までを水に浸す。もう少し冷たいのが好きなのだが、悪くはない。1分強ほど水で体を冷やし、露天のととのいイスへ向かった。
 内風呂の脇にも湯休みできるスペースはあるのだが、こんな最高の天気の日にはやはり露天での外気浴がいい。露天には寝転がれるベッドも2つあるのだが、ベッドは日陰になっている。しかしこんなに晴れているのだから、普段は外気へ露出できない下半身にも太陽を浴びせてやりたいと、6つあるイスの方を選んだ。5月の日差しは結構暑いのだと知る。冷えた体の内側から熱が戻ってくる感じと体表を温める太陽の熱のサンドイッチが気持ちいい。さらに時折吹く風がさらに快感を高めてくれる。いやー、ととのう、ととのう。
 その後、サウナ10分、水風呂1分、外気浴15分を2セット繰り返し、体がカラカラになったところで、念願の食事処へと向かった。
 このためにやってきたのだから!

 昼時だからなのか人も増えていた。食事処の座席がほとんど埋まっている。デイパックを空いている座席に置いてキープし、食券を購入。ここの良さはこのサウナ酒のコスパにもある。18時まではハッピーアワーでハイボール一杯300円なのだ。しかも土日祝も含めて毎日やっている。今は一杯300円だが、コロナ禍の2020ー21年は190円だった。その頃はコロナの影響で週に2~3日くらいしか仕事しない時もあり、またオンラインでの打ち合わせや業務が大多数だったので、週4日くらいこの明神の湯に通っていたこともある。ここはFree Wifiがあり、ワークスペースまであるのだ。190円のハイボールを飲みながらのデスクワークは、もう天国としか言いようがない。まさにせんべろサウナだった。
 まずは300円のハッピーアワーハイボールを押し、アテを何にしようかと考える。ガッツリサウナ飯を食べるのもいいが、今日は酒を呑むのがメインイベント。休みの日に昼間からという最高の愉悦! しかもサウナ後の味覚感度が最高潮状態での贅沢な時間を愉しむのだ! 最初は軽めのおつまみがいいだろう。180円のメニューを眺めると冷奴、もやしナムル、きゅうりのわさび漬けなどがある。いいねぇ、このあたりから攻めてみるかとボタンを押しかけて、ふと春メニューという心をくすぐる文字が目に飛び込んできた。タッチパネルでメニューを見るとしらすおろしや炙り焼きチキンステーキなど気になるメニューが並んでいる。いや、ちょっと待て、トマトとキノコの酸辣湯麵だと!? めちゃくちゃ美味そうだな。だがそれではがっつりサウナ飯になってしまう。今は酒のアテを探しているのだ。
 と、心を鷲掴みにするメニュー名に目が止まる。
「鰆の塩麹焼き定食(単品)」
 これだ! 今日の気分にはこれしかない! するとあとは和食に合わせて冷奴あたりにするか。ハイボール、鰆の塩麹焼き単品、冷奴を発券をする。なんと合計1130円。安い。
 食堂的なカウンターへ食券を渡すと、ハイボールと冷奴はその場で提供され、鰆は「出来上がったらブザーでお知らせします」とよくフードコートやサービスエリアなどで使われる電子ブザーを渡された。
 席へ戻り、念願のハイボールに口をつける。
 至福!
 やっぱり味覚が尖った状態になっているのか、角ハイボールがたまらなく美味い。喉を抜けて胃のなかへ吸収されていくのを感じられるほどだ。今ならポカリスウェットの新たなキャッチコピーが書けてしまうのではないかと錯覚するほどだった。完全に錯覚だけどね、そもそもアルコールだし。
 冷奴も美味い。ネギとしょうがをのせただけの普通のスーパーで売っている豆腐でしかないのだけど、体から抜けた塩分を補充しようとしているのだろうか、心底たまらん旨さ。醤油と生姜の組み合わせって本当に天才。舌を幸せにしてくれる。ハイボールをぐびぐび飲んでしまう。2杯目のハイボールを買いに行こうと立ち上がると、ブザーが鳴動した。グッドタイミング! 2杯目は、鰆の塩麹焼きで楽しもう。
 鰆の塩麹焼きは、今まで食べた明神の湯飯の中で一番美味いかもしれないと思った。ふっくらとした身と塩麹の味付けが素晴らしい。添えられている筍の煮物も春らしくいい感じだ。ハイボールが止まらない。

 ハイボールを3杯飲んで、終了。明神の湯を後にする。
 空は高く、日差しが気持ちいい。
 家へと再び歩いての帰路につく。と、ふといい匂いに釣られてしまった。
 明神の湯の難点は、隣に平城苑、味道苑と焼肉屋が並んでいること。
「でも、まだおつまみだけでガッツリは食べてないからなぁ」
 そう自分に言い訳をしながら、店内へと吸い込まれてしまった。
 最高の休日はまだ継続中だ。

大谷田温泉 明神の湯
https://myoujin-no-yu.com/


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?