米国の大学エンダウメント運用は「長い目で(金持ち)勝つ」〜スタンフォード大学の財政収支と寄付金運用
以下は先日Facebookに連続投稿したものに若干加筆・編集した上でこちらに掲載しています。
何回かに分けて投稿する中でいただいたコメントに触発されて話が膨らんだり深まっていったため、一つの文章としてではなく「まとめ」的に読んでいただく方が良いかな、と思い「小見出し」をつけてオリジナル掲載時の各回の区切りとしています。
【序:なぜこんな話を?】
この1年ほど、長年の友人である日本の某国立大学の教授とライフサイエンス(生命科学)分野を中心に、大学発ベンチャーや技術移転、大学を中心とした起業エコシステムに関するディスカッションを続けています。
その会話の中でしばしばスタンフォード大学の経営、特にエンダウメント(寄付金基金)の運用の中で「ベンチャーへの投資」はどのような位置付けになっているのか、という話題が上がりました。
世間では「スタンフォード大は自校の研究者や学生が起業したスタートアップに積極的に投資し、有形無形の支援をして成功させ、株式売却益や大学からの技術ライセンス料で大学は潤っている」イメージが普及しているようです。そして日本の大学も同じことはできないのか、とも企図・検討されているようです。
この話が出るたびに、同大学でMBAを取り、医学部発のスタートアップを経営し、またエンダウメント運用担当者とも面識を得た自分の持つ「スタンフォード大学の経営」イメージとの間にギャップを感じていました。
とはいえ、大学経営には興味はあっても仕事ではないし、頼まれたわけでも無いので長いこと面倒くさくて「僕の印象ですけどね」程度に語ることはあっても、調べて発表しよう、などとは思っていませんでした。
以下はそんな重い腰を上げ、少しだけ時間を費やして調べた結果です。腰を上げるに至ったきっかけが何かあったわけではありません。長年溜まった何かがやっとモチベーションとして形を成しただけ、としておきましょう。
【手始めにUCバークレー】
スタンフォードは卒業生として大学のアニュアルレポート毎年読むのですが、ふと気になってUCバークレーのものをチェックしてみました。
同大学のエンダウメント投資先構成は以下の通りです。
38.0%は先進国の上場株式
14.2%が新興国市場の証券
21.2%がベンチャーキャピタルも含む非上場資産投資
債券と現金は8.7%
残り18%弱はオルタナティブ投資など
ベンチャーキャピタルに投資はしていても、直接スタートアップに投資することはやっていません。
スタンフォードの場合もそうなのですが、いわゆる「UCバークレー系のファンド・アクセレレーター」は卒業生がブランド借りて卒業生や教授、期間投資家からお金集めているのであって、大学がLPとしてお金入れているかどうかは定かではないし、ましてや大学が寄付金基金から直接・積極的に投資に関与しているわけではないです。
以前お会いしたスタンフォードの資金運用チームの方も「自らVCの真似('play VC')するのはリスク高いし、それに求められる投資のプロフェッショナルの報酬も払えない。手数料払ってもプロが運用するファンドに分散投資する」とのことでした。
スタンフォードではまた、大学内の発明由来のスタートアップについても、知財移転の代償に数期%(僕の関わったケースでは5%)もらい、それがGoogleのように上場してその年度だけものすごく潤っても、そういう収入は大学の経営資金としては定期的に期待できるものではない、とのことでした。大学は投資はしてもプロの投資家になる必要はないのです。
話をバークレーに戻して、年間の運用利回りはトータルで37.9%(!)です。バークレーはその内訳を公開しています。
15.6%は先進国の上場株式
10.1%が非上場資産(含むVCへの投資)
6.2%が新興国投資
残り6%がその他全て
非上場資産の「当たれば大きい」性格上、投資割合に比べてリターンへの寄与度は高いです。
もっとも、37.9%という数字は2021年は金融市場がものすごく高いリターン出したから、で歴史的に見れば10年間の平均利回りは9%、だとか。寄付金基金が基本リスク嗜好低いことを考えればこんなもの、でしょう。
今後バークレー(の基金運用会社)は新興国や非上場資産の比率を少しづつ高めて、流動性の低さやリスクの許容度を高める方針だとか。2022になってから世界情勢や金融市場が激しく様変わりしているので、今後もこの方針を続けるかどうか興味深いです。
以上ざっとアニュアルレポートを読んだ結果をこれまたざっくりとまとめましたが、「バークレーは大学発ベンチャーに大学として投資して大儲けしている」といった話は眉に唾付けて聞いた方が良い、としても言い過ぎではないでしょう。
【スタンフォード大学編その1 収入・支出の部】
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主なポイント
スタンフォードの収入の6割は大学病院
政府助成金、投資運用益は「合わせて」25%
授業料はわずか4%
知財ライセンス収入は株式入れても1%台?その他に埋没
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ここからはスタンフォード大学の2021年度アニュアルレポート、そしてエンダウメント運用レポートについての考察です。
どんな大学でも「我が母校」と言えるのは学部出た人だけだと思いますが(個人の意見です)、大学院、しかもプロフェッショナルスクールであるビジネススクールに留学しただけの自分も毎年公開されるアニュアルレポートと運用レポートには目を通すぐらいの「愛校精神」は言い過ぎにしても「繋がり感」は持っています。些少ながら寄付もしたし。
2021年度の運用報告書に行く前にアニュアルレポート(PDFへのリンクはコメント欄)でまず収入の部を見ると、総額139億ドル。1ドル=115円で換算すると約1兆6,000億円です。感嘆符とかつけるのも馬鹿馬鹿しい規模ですが、日本国の一般会計予算が100兆円なのでその1.6%。
収入の内訳は以下の通りです。
ヘルスケアサービス:83.0億ドル(60%、9,547億円)
資産運用益:17.5億ドル(13%、2,014億円)
政府・財団等からの研究助成金 :16.8億ドル(12%、1,933億円)
授業料:5.0億ドル(7%、584億円)
その他:1.7億ドル(12%、1,952億円)→研修プログラム費用など
資産運用益と政府からの研究助成金(大半はDHHS: 合衆国保険福祉省とDOE: エネルギー省などから)の比重が巷間喧伝されるイメージほど大きくなく「高い高い」と言われる授業料が「たったの」7%、であることが目を引きます。
過去三年度を見ると、総収入は2019年度:122億ドル(1兆4,101億円)、2020年度:125億ドル(1兆4,323億円)、2021年度:139億ドル(1兆6,030億円)とパンデミックの影響で2020年度が前年比でほぼ横ばいだったのが2021年は前年比12%伸ばしています。詳細は割愛しますが、授業料が減った分、ヘルスケア収入のが16%増えているので「さもありなん」です。
資産運用益もこの三年度で2019年度:15.8億ドル(1,820億円)、2020年度:16.6億ドル(1,910億円)、2021年度:17.5億(2,014億円)ドルと総収入の13%を維持する水準で推移しています。この運用益の約8割が寄付金基金(以下エンダウメント)からのもので、残りはエンダウメント外の保有資産運用益で、大学保有の不動産(大学隣のショッピングセンターなど)からの収益も含んでいます。
資産運用益の対前年度比の伸びを見ると、過去三年度は毎年5%で伸びており「困った時の運用益頼み」や「マネーゲーム」に陥らず、年金運用のように安定的に毎年運用益を稼ぎ、そこから一定額を引き出している、といった堅実な印象を受けます。
エンダウメントが巨大だからある程度運用益に頼れるとも言えるし、十分に分散して必要以上のリスクを取らずに済んでいる、とも言えます。バークレーの回でも書いたように積極的に「VCごっこ」する必要はないのです。
政府・財団等からの研究助成金は同じ三年度で毎年16億ドル程度。2020年に微減したもののほぼ横ばい、です。内訳は見ておりませんが、政府予算の性格上「簡単には増減できない」一方、研究機関としての実績に裏打ちされた「安定資金源」なのでしょう。
またスタンフォード、大学発の知財のライセンスをOffice of Technology Licensing(OTL)を通じてシステマティックかつ積極的に行っているイメージも強いですが、知財からのロイヤリティ、そしてライセンシングに伴う株式からの利益は個別の項目にすら上がってきません。
OTLの22021年度の数字はまだ公表されていませんが、2020年度アニュアルレポートを見るとロイヤリティが1億1,000万ドル、取得株式からの利益が7,300万ドル、合計で1.8億ドルと金額は大したものですが、総収入の(わずか?)1.4%程度です。
経費を差し引いた収支をみると、2019年度:6.2億ドル(716億円)、2020年度:1.1億ドル(123億円)、2021年度:8.5億(972億円)ドルとなっていて、収入額からみると「利益率」は薄いです。非営利法人なので当たり前といえば当たり前ですが、2019年から2020年にかけて収入が伸び悩むと黒字がガクンと減るのは経費のほとんどが固定費的な性格だから、と考えられます。60%が人件費ですが簡単に「切れる」性格の人件費とは思えませんし。
以上、三年度だけの分析とはいえ、大学の総収入・支出の数字から「医療サービス提供者としてのスタンフォード」「研究助成金に依存しきっていない」「手堅いエンダウメント運用」といった姿が見えてきます。
【スタンフォード大学編その2 エンダウメント投資対象】
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主なポイント
スタンフォード大自身が直接VC活動はしない
VCファンド含むプライベートエクイティへの傾斜は強め
手堅い分散投資、巨額のエンダウメントで「金持ち勝つ」
スタートアップ株式の「大当たり」利益には依存しない・できない
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前項ではスタンフォード大学の寄付金基金(エンダウメント)運用が大学の経営にどの程度寄与しているかを見る大学の収入源の話をしました。
ここからはタンフォードのエンダウメント運用機関(Stanford Management Company、以下SMC)のアニュアルレポートの数字を拾いながらどんな投資活動が行われているか見ていきます。
スタンフォードのエンダウメント、過去3年の時価総額は以下の通りです。
2019年:277億ドル(3兆1,855億円)
2020年:289億ドル(3兆3,290億円)対前年比4.5%増
2021年:378億ドル(4兆3,456億円)対前年比30.5%増
以上、1ドル=115円で換算しています。2020-2021年の株式市場の好況を考えても、2021年度の対前年比の伸び(運用利回りとは違うにせよ)はすごいです。4兆円いえば、2021年度の日本の一般会計歳出が106.6兆円なので敢えてストックとフロー比べるという愚かしいことをすれば、その4%弱です。
投資対象は2021年7月時点で以下の配分となっています。
プライベートエクイティ:33%
外国株:20%
絶対収益型投資:19%
債券・現金:10%
実物資産:12%
米国株:6%
ここで個々の投資対象についてわかりやすく(=乱暴に)説明しておきます。
プライベートエクイティ:ベンチャーキャピタルファンドなど非公開株式・企業
外国株:米国以外の上場株式
絶対収益型投資:ヘッジ手段を活用して相場に連動しない一定利回りを狙うファンド
債券・現金:流動性高くリスク少ないが利回りも低い資産
実物資産:不動産、天然資源などに投資するファンドや生産者企業
米国株:米国市場の上場株式
ちなみにエンダウメントが投資する実物資産には大学自身の保有不動産は含まれていません。
バークレーの投資配分と綺麗に比較できるわけではないですが、スタンフォードの方がプライベートエクイティ(以下PE)の比重が高く、米国・外国合わせても上場株式の比重が低く、絶対収益型投資と債券・現金の比重は同じくらいである、と見て取れます。スタンフォードの方が現金化流動性を犠牲にしても期待リターンの高いPE投資を積極活用しています。
繰り返しますが、上記投資はSMCが運用方針や実績などに基づき選んだ「外部投資ファンドへの投資」であって、大学が自らベンチャーキャピタルやPE、ヘッジファンド業務を行っているわけではありません。教授や学生・卒業生の起業に積極的に投資して(大学として博打を打って)儲けるのではなく「ハイリスク・ハイリターンのプロ」に手数料払ってエンダウメントの「あくまでも一部」の運用を任せているのです。
「世界中の頭脳が集まる、シリコンバレーの中心たるスタンフォードなのに?」と思う方も多いでしょうが、エンダウメント運用は「元本は減らさず、着実に毎年安定した収益を稼いで大学の運営資金の一部を賄いつつしっかり再投資して増やす」のが大原則です。
巨額のエンダウメントだから無用なリスクは取らず、また本業でないところに報酬の高い人材を雇うこともせず、でも大学のブランドとネットワークは最大限活用して優秀・優良な投資ファンドが受託競争するような構造を作っていると見受けられます。究極の「殿様商売」です。
とはいえ、SMC自身も「自分でやらない」ことに何がしか自意識働いているようで、アニュアルレポート中でもなかなか微妙な記述をしています。これも乱暴にまとめれば「シリコンバレーの立地と人的ネットワークを最大限に活かし、最良最適な運用パートナー(運用委託先)をスタッフが厳密に選定」「運用パートナーであるVCが大成功したAirBnBに投資し、これまでのべ7億ドルの収益を獲得した」となります。
在校生や卒業生の起業したスタートアップについても「ベンチャーキャピタルを通じ卒業生の起業に投資、例えば在校生が起業したDoorDash(フードデリバリー)は株式公開にこぎつけ、これまで延べ2億ドルの収益を当大学にもたらした」と大学が直接関与したような、しなかったような書き方になっています。
これら有名スタートアップの株式からの利益、絶対値、そして各年度の運用益からの配分と比べても大きい数字ですが「どの年度にいくら利益を実現した」「実現していない含み益はいくら」「手数料差し引いた利益か否か」が明記されていません。
これはあくまでも僕個人の解釈ですがこの書き方、「大学発スタートアップの株式、当然持ってますし、大きな儲け出すことはあるけど、その利益で大学の運営費を毎年賄えるとは期待しないでください」というSMCからの賢明な(誠実な)メッセージだと拝察します。
「エコシステム」として大学が有望な案件を積極的に紹介できるんじゃ、と思われるかもしれませんが、当地の仕組みを考えると大学以外のルート(エンジェル投資家やアクセレレーターなど)経由でVCと出会い投資を受けた、と考える方が自然です。
IT分野に比べると、ライフサイエンス・マテリアルサイエンス系の起業については大学の学部と投資家コミュニティの繋がりはより密接ですが、それゆえSMC経由しての紹介の必要性は逆に乏しいのです。
【スタンフォード大学編その3 エンダウメント運用リターン】
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主なポイント
スタンフォードの運用能力は飛び抜けて高くない
資金の性格上長期的な視点で運用できるが、「博打」はしない
運用ミッションである「必要十分な儲け」は長年きっちり出している
運用は学内の専業チーム、けどトップ人材は雇えない・雇わない
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ここからはスタンフォード大学エンダウメントの運用リターン(利回り)について考察します。UCバークレーと違い、スタンフォードのアニュアルレポートには投資対象ごとの利回りへの寄与度については詳細なデータは記載されていませんので、ここではエンダウメント全体の運用リターンについてのみ考察します。
前項でも書いたエンダウメント運用の「あるべき姿」である「元本の着実な増加と毎年大学運営の当てにできる収益配分」を任されているSMCの「任務」はきっちり果たしているのでツッコミ無用、と宣言しているようにも見受けられます。
一方でエンダウメント全体の運用成績はアニュアルレポートの2ページ目に堂々と記載されているので「とにかくこれを見てくれ」という意思が伝わってきます。
2021年度の運用利回りは40.1%。凄い数字ですが、ベンチマークとなる米国の大学のエンダウメント運用成績の中央値が36.6%(バークレーは37.9%) なので上場・非上場にわたる株式市場の好況を反映して誰もが高いリターンを出した年であることを念頭に置けば「凄いけど飛び抜けているわけではない」数字です。
より一般的な株式7割、債券3割の仮想投資ポートフォリオの利回りが27.3%なので、アメリカの大学、どちらかといえばリスク・リターン高めの投資戦略を採用していると言えるでしょう。もっとも、エンダウメントは通常の投資ファンドと違い「お金入れた人に償還を求められない」性格のお金なので長期的視点からじっくりと投資できる優位性が発揮されていると考える方が正しいかもしれません。
長期的なパフォーマンスを見ると、過去10年の平均リターンは以下のようになっています。
スタンフォード:10.8%
バークレー:9.0%
全米大学中央値:8.9%
株式7割、債券3割:8.1%
ここでもスタンフォード、高い実績を出していますがこれも「飛び抜けて凄い」差ではありません。分散などのデータが無いので統計的に検証はできませんが、10年間で大学中央値より1.9%上回った、は立派だけど圧倒的な運用能力がある、とは言えないようです。元本の大きさを考えれば1%の違いで得られる金額は巨額なのでこれもまた「カネモチ必要以上に冒険しない、でもカネモチ資産の一部で大冒険できるので勝つ」です。
「エンダウメント設立以来」の利回りも、スタンフォード:12.2%、全米大学:9.6%、株7債3:7.5%、バークレーは数字なし、です。これも統計的検証はできませんが、ここまで長期間のデータだと逆に流石に差が出ています。
アメリカでは「株式市場(S&P500インデックス)の歴史的平均リターンは10%」とよく言うのですが、それをずっと上回っているのは凄い、と見るか、いろんな投資戦略やってもその差は2%でしかない、と見るか。個人ならそれこそリスク・リターン選好の議論が必要になってきますが、エンダウメントの運用については「目的は果たして他所よりちょっと良い」ので立派な成績である、と言って然るべきです。
長期の話ついでに、上記の通り投資対象ごとの運用益、当年度の詳細データはアニュアルレポートに提供されていませんが、10年スパンで各投資対象をベンチマークとなるインデックスと比較した棒グラフはあります。
それを見ると、PE、外国株、絶対収益型については明らかに、あとかろうじて実物資産についてはスタンフォードのエンダウメント運用は優位性があるようですが、債券・現金はほぼ同じ、米国株式に至ってはベンチマークの方が明らかに優位です。
総括すれば、スタンフォードのエンダウメント運用能力は十分高く、またPE傾斜により他大学より高めのリスクを取っているけど、それは分散投資と国内外の広範な外部運用者を活用して必要以上に高いものではないのです。
【スタンフォード大学編その3 運用機関SMCについて】
Stanford Management Company(SMC)、大学内の独立した運用会社です。オフィスこそビジネススクールの一角にあり、現役学生がインターンなどで入ることはありますが別ファイナンス理論でノーベル賞取ったビジネススクールの教授が運用に関わることもなく大学OBは多いですが基本的に一般採用されたチームが運用に当たっています。
2011年に知人に同行して訪問した時の話で「せっかくのスタンフォード人脈、それ活かして優秀な人集めて自分で積極運用しないんですか?」という質問に対し、CEOが「うち自身がVCみたいなことをする必要もないし、大学に託されたミッションにも反する。そもそもそんな投資タレントの報酬は大学の給与体系では払えないので、運用報酬払ってタレント集めと雇用監督責任はファンドに任せる方が現実的だ」と答えたのが印象的でした。
ノーベル賞取ったファイナンスの教授、で思い出すのがLTCM(Long-Term Capital Management)という金融界のオールスター集めたヘッジファンドが途上国債券・通過投資で大博打(何が「ロングターム」だか)に失敗し、銀行集団の共同救済が無かったら金融恐慌、みたいな1998年の事件です。
そのLTCMの創立者の一人がノーベル賞取ったオプション価格モデルに名前の入っているスタンフォードビジネススクール所属の教授でした。同教授、LTCMの「より投機性の高い」途上国債券・通貨投資には懸念を表明したそうですが…。
理論と現実のギャップ、とかいう問題以外に野心や自己過信、あと統計的に極めて稀な事象が起きた(ブラックスワン、ですな)、なども絡んでいるので単純に「ファイナンスの教授=現実の資金運用では無能」とは言えないですが、まあ「元本維持と安定拡大」を目指すべきエンダウメントの運用には最先端ファイナンス理論を適用したアグレッシブな運用手法はごく一部だけにして欲しいものです。
などと不肖の卒業生の言うセリフじゃないですね(苦笑)。
【スタンフォード大学編その3 補足?蛇足?】
大学の寄付金基金運用の話は上記SMCの話で終わりの予定でしたがその後冒頭の友人とその仲間とディスカッションする中で色々思うことがありました。蛇足になるのはは承知で書き留めておくことにします。
忘れてはいけないのがスタンフォード(それを言えばハーバードもバークレーもアメリカの有力大学全て)のエンダウメントは一朝一夕にこの金額になったわけではなく、また運用だけでここまでまで来たわけでもありません。
「卒業生の恩返し」に止まらない「何かを起こしてくれる場」としての期待感から「政府による資源配分」ではない成功者・資産家の意思による長きにわたる着実な寄付の蓄積と、それを託された運用者である大学のディシプリンある活動の帰結なのです。
小手先の資金配分や制度改革でどうにでもなるわけではありません。
そして運用のベンチマークとなる株式市場の長期的利回りが10%というのも「株主利益の最大化」を一義的な目標としてここまで走ってきたアメリカ資本主義と大小企業の行動の賜物であり、それを上回るリターンが出るのもそのベースがあった上で、市場全体より高めのリスクある対象に投資するから、です。
資本主義のモラル云々の価値観の是非は置いといて、株主のためではもちろんなく、従業員や社会のためかどうかも怪しく「年功序列・リスク回避・新卒採用→横並びローテーション」という組織秩序維持が自己目的化した日本企業の株式が同じレベルでリターン出し続けることができるかどうか甚だ疑問です。
その中で「変革の担い手としての自分(大学)に託された資産」を運用するにはそいう利益誘導を見透かしつつも自分たちの目的目標をきちんと持って「目的に叶う限り、使えるものは使う」をディシプリン持って貫くことが大事なのです。
大学や年金基金、財団などの「機関投資家」はそういう形で社会を動かす金銭的資本の還流機関、でもあるのではないでしょうか。
これまでの話で、何度も米国大学のエンダウメントのような世代を超えた、10年といった限定されたファンドライフの中でリターン出さずとも良い巨額の運用者の運用は「金持ち勝つ」である、と皮肉でも批判でもなく申し上げてきましたが、そういった「金持ち勝つ」無くしてはその運用先であるベンチャーキャピタタル、もっと言えばスタートアップの繁栄も無いのです。
その構造が文化的にも制度的にも成立していない日本で果たして政府がいくら後押ししても、どこまで「リスクマネーによる起業」に基づく米国の仕組みを適用してマネーゲームに止まらないイノベーションや雇用創出が実現するのか。何か「日本型」な仕組みは成立しうるのか、またすべきなのか。
正直、自分はその答えは持ち合わせていません。そして自分とってはそれこそ「対岸の火事」なのですが、日本に火事に遭ってほしくない、焼け出されて欲しくない方々がいるので他人事として火事場見物を決め込むこともできません。
そんなややこしい気持ちからではありますが、それらの方々にこの一文が少しでも響くことを願っております。