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静謐。

雪が深々と降り積もる静かな世界で、僕は立ち止まる。聞こえてくるのは、耳元をかすめる風と広げた傘に降り落ちる雪の音だけ。周りに誰もいない中に一人佇み、「静かだな」とポツリ呟いてみると、ちっぽけな僕の声はどこにも届かずに、雪のかけらと一緒に足元に落ちていく。全てを覆いつくした白の世界に足を踏み出すと、靴の下で雪がぎゅっと鳴り、その感触が楽しくなってまた一歩足を運ぶ。先を急ぐ必要のない道行きにふと視線を上げると、先を行く母親の背を追いかける小さな姿が目に映り、さらにその向こうに走り去る車の光が浮かぶ。彼らの動きはひっそりとしていて、僕の耳に届く音は相変わらず風と雪の囁きだけ。降り積もる雪が世界の全ての音を消し去り、街の光は白く息づいたまま静かに輝き続ける。

雪の中で立ち止まって目をつぶると、僕はこの世界にただ一人だけの存在になる。でもそれは、自分が決して孤独な存在ではないということも教えてくれる。

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