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花火と、ちえのわ。

こどもの頃のコトなのに、鮮やかに覚えている場面がいくつかある。
状況を言葉で伝えられないもどかしさを冷静に覚えていたり、大人の空気を察して答えを言ってみたり。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

大輪の花が夜空に輝くその日は 花火大会だった。

打ち上げる時の おなかに響く地鳴りの様な
重い衝撃波。
みんな、何が楽しいのだろう。

浴衣を着た大人達を見上げながら、父の手を離さない様に懸命に歩いていた幼稚園児の私。

いつまで続くのかわからない人の波と、轟く音に不安と恐怖で涙があふれてきた。
もう、これ以上歩きたくない。

泣いている私に気づいた父。
少しだけ強く手を握り、ピッピと引き寄せた。
(どうしたの?)
人の流れから外れて道の端へ移動した。

「どうしたの?」

聞こえてきた言葉に答える様に、更に声を上げて思いっきり泣いた。
泣き虫と言われている私は、全身全霊を込めて泣いた。

相当困ったであろう父は、私の気を紛らわせるために唐突に言った。
「オモチャ屋さんへ行こうか!」

メイン道路から1本入ったところ、昔からある商店街の小さなオモチャ屋さんのことだ。
花火大会へ向かうこの通りの、もう少し先の真ん中辺りにある。

実は家を出発してすぐに、私は泣いていたのだ。
父が困ったのも無理はない。
頼みの綱として閃いたのは、今まで一度も入ったことがないオモチャ屋さんだったのだろう。

泣いている私の返事も聞かず、ズンズンとオモチャ屋さんがある反対側へ向かった。
人の波を横切るために、だっこされた私は大人達と目線が同じになった。
もうこれで充分だったのに。

「どれがいい?」
あっという間にお店に着いて、父の腕から下ろされた。
私の目の高さにあったのは「ちえのわ」だった。
今でも覚えている。
台紙にピタリとラミネートされた小さな〈ちえのわ〉が6個。

「これがいい。」
早くお店を出たい。
私は今、だっこをご所望なのだ。

「これ?知恵の輪だよ?」
「これがいい。」

欲しくもなかった〈ちえのわ〉を両手で持っていた私を、会計を済ませた父がヒョイっとだっこをした。

「泣いたカラスがもう笑った!」
父も泣き止んだ私にホッとしたのだろう。
祖母がよく言う口ぐせをまねた。

違うのよ。
花火なんかより、だっこが嬉しかったのよ。
そんなこと、知らなかっただろうな。

花火の時期になると、たまに思い出す。
〈ちえのわ〉はその後どうなったのかは、全く覚えていない。


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