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袖振り合うも多生の縁

あの人、今何をしているんだろう。
私が急に気になる人の中には、名前も知らない、顔も覚えていない人がいる。

袖振り合うも多生の縁の意味
道を歩いている時に、お互い全く知らない他人同士でも服の袖が触れ合ったり、擦れあったりすることがあります。そんな少しの触れ合いの程度でも、何か前世からの深い因縁がある、とする意味の言葉です。

言葉の手帳

ふと思い出したその人達も、たまたま同じ地下鉄に乗り合わせた名前も知らない人だった。

転職後、慣れない事務仕事と格闘する日が続いていた。
使ったことのない部分の脳みそはオーバーヒート。
思考はゼロ。
仕事が終わると地下鉄へダッシュ。
最寄り駅まで電車の振動に身を任せて、うつらうつらする30分が心地よく、帰りの楽しみだった。

その日も、地下鉄の扉が開くと吸い込まれるように目の前の席へ。
正しくは、私がひと足早く座ったのだ。
だが、その瞬間全てを感じとり、焦って立ち上がり、目の前の女性に席を勧めた。

女性は妊婦さんだった。

「すみません。どうぞ、掛けてください。」
「大丈夫ですよ。ありがとうございます。」
「私も大丈夫ですから。」

先に座っていたサラリーマン風の方が、この会話に入ってきた。

「(お二人共)どうぞ。」
そう言って私達に席を譲ってくださった。

「ありがとうございます。」
2人の声が思わず合ってしまった。
そして、一瞬だけど3人が目で会話をした。

柔らかい空間に包まれた。
緩く懐かしく感じた。

私より早くその女性は地下鉄を降りた。
何気ない会話の後、来月予定日だと教えてくれた。
その優しい話し方で赤ちゃんにも話しかけるのだろう。

もし、前世のご縁だとしたら仲のいい3人兄弟だったのだろうか。
そして、それぞれ頑張って生きているよって確認をするために、記憶に残る出会いにしたかったのだろうか。

そんな事を考えていたら、駅に着いた。
私は地下鉄を降りて、今世の妹と待ち合わせの場所へ急いだ。

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