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センスある作文に嫉妬する

今日は、中学生の作文の話をしようと思う。

中学校では、「生活ノート」のような、毎日の記録を書かせているところも多いと思う。自分の所も、市販のものではあるが、毎日何かを「書く」ことをさせている。

 なかなか書いてこない中学生に、「今週のログ大賞」なるものを設定し、毎週1回、書いてきたものを審査し、まとめたものを掲示している。そうすると、俄然やる気がわくらしく、「人よりおもしろい文を書きたい」という生徒がたくさん出てきた。

 長ければいいってもんじゃない。毎日の日常を、おもしろく切り取ったり、つぶやいたり。だんだんと彼らのレベルが上がり、センスある「書き手」が発掘されてきた。

 中学生でも、書くことに目覚めた人の文は、切れ味抜群である。

先日の修学旅行について、作文を書いてこい。と言ったところ、ほぼ全員が作文を提出してきた。楽しかった思い出、感謝の言葉、、、中学生らしい文章が続くなか、異彩を放つ一本の作文。

 その作文を書いた彼は、ものすごく絵が上手い。手が勝手に絵を描いてしまうくらい上手い。そして、言葉をよく知っている。人生5週目くらいなんじゃないか、この15才は。

作文の題名は 「修学のない修学旅行」

 小学6年の修学旅行の行き先は、彼の生まれ故郷だった。楽しいは、楽しいが、「新しい体験」や「感動のない」旅行だった。

 今回の旅行は、我々のふるさと、北海道内の旅だった。それは、彼にとっては心からの「修学」旅行となった。修学とは、辞書によると、「生徒に実地で体験・経験させること」なんだそうな。陰キャでひきこもり気味だった彼は、ラフティングとツリートレッキングで己を解放させた。「自分が自分ではないような経験」をしたことで、「すべてが新鮮で、新しい」旅となったそうだ。

 そうか、そんな見方があったのか。そんな表現の仕方があったのか。

 彼の作文を読んで、「負けたな。。。。。。。」と思った。

 こうやって、追い越されていくことが、教師の本望であり、喜びなのかもしれない。

 彼の夢は、芸術大学に入って、絵を極め、庵野秀明氏のような人になることだ。もし、彼がその夢を叶えて、「表現者」となったときを想像すると、本当にわくわくする。

15才で才能の片鱗を見せた彼の文章は、この後どんな風に成長していくのだろう。いつか、彼の才能が開花し、世の中が放っておかなくなるその日を、私は、今か今かと、待ちわびている。

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