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有権者をハックできる時代、もはや政治マーケティングに無関心ではいられない

「なんでこの候補者に票が集まるんだろう?」と感じることがなんだか増えてきた。

おそらく多くの人が感じ始めているところではないだろうか。

その最たる例が前回のアメリカ大統領選挙。泡沫候補と思われていたドナルド・トランプが、大方の予想に反して当選してしまったことは衝撃的だった。

よく言及される要因としては、貧しい労働者階級の白人層を中心とした支持を勝ち取ったからというもの。

経済発展するアメリカにおいて、「忘れられた層」と呼ばれる彼らに対して、トランプは「富裕層や移民らがアメリカの労働者の利益を損なっている」といった主張をシンプルな、かつ過激な言葉で繰り返し訴え続けた。

なぜトランプが当選できたのか?については多くの研究が出ているが、実はトランプ陣営がデジタルを含むマーケティング手法を駆使しながら巧妙に支持者を増やしていったことが語られる機会は多くない。

僕は最近この本を読んでその詳細を知った。トランプ陣営が大統領選で使ったマーケティング施策に関する論文集だ。

投票者に関するビッグデータを素材として、STP(セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング)分析を駆使しながら、少しずつトランプ流のメッセージが出来上がっていった。

そんな戦略的な様子がこの本を読むと伝わってくる。

トランプ陣営によるデジタルマーケティング施策

もちろんデジタルを含むマーケティング施策を選挙で駆使する候補者は、何もトランプに限ったことではない。

それどころか2016年の共和党予備選挙やその後の大統領選挙では、どの候補者もSNSを含むデジタルチャネルを駆使しながら、自らのメッセージを投票者の中で広げようとしていた。

マーケティングの観点でトランプを除く候補者たちに反省点があるとすれば、デジタルマーケティングを活用しなかったことではなく、活用しすぎだった点だという。

従来のマスメディアを通じた発信と比べた場合、デジタルチャネル経由での情報発信のメリットの一つは、より個人のニーズに寄りそったOne to One的な訴求ができることだ。

ただそれが2016年の共和党予備選挙では裏目に出たようだ。

トランプを除く他の候補者たちはSNSでの反響を重視していくうちに、より特定の層のイデオロギーや宗派などを意識したニッチな政治メッセージの発信へ過剰に傾いていった、とこの本は指摘している。

その結果、より広い社会で議論されるべき政治アジェンダを設定することができず、予備選を勝ち上がるだけの幅広い支持を得ることができなかったというのだ。

一方でトランプ陣営は、ポピュリスト的なメッセージによって、党派やグループを超えた幅広い支持を勝ち取ることができた。

問題は、なぜそんなことが可能だったのかという点だ。

当然ながら何か一つの要因で説明しきることはできないが、論文執筆者の一人は、トランプ陣営によるターゲティング戦略の的確さを指摘している。

トランプ陣営が後の大統領選でのターゲット像を本格的に固めだしたのは2012年ごろだという。

この時期トランプは、「オバマ大統領は外国生まれだから大統領の資格がない」とする「バーサー運動」に加え、経済や移民、テロなどの問題でもオバマ大統領への批判を展開していた。

「バーサー運動」のように根拠を著しく欠いた主張もあったものの、一連の「富裕層vs労働者階級」を軸としたオバマ批判キャンペーンに対しては、ポジティブなフィードバックも多かったという。

共和党の保守派だけでなく、民主党を支持していた労働者階級の白人層からの支持が集まったのだ。

こうして富裕層と労働者階級の対立を強調し、貧しい人々への共感を示すメッセージによって、党派を超えた支持を得ることができるという確信をトランプ陣営は深めていった。

トランプ陣営による施策の優れた点の一つは、さらにビッグデータを活用することで、こうしたターゲット像を元に、より詳細な人物像を表すサイコグラフィック(心理的な特性)データにまで落とし込んだことだ。

共和党予備選挙での勝利を確実にした2016年の夏を境に、トランプ陣営はビッグデータ施策への投資を急速に拡大していった。

その投資額は9月だけでも500万米ドル(約5億円)に上るそうだ。

ビッグデータ施策を請け負ったのは、当時世間的には無名だったものの、今や悪名高い英ケンブリッジ・アナリティカ社だ。

SNSでの行動情報をベースにした心理分析を得意とするケンブリッジ・アナリティカ。同社は、診断アプリなどを通じて不正に入手したFacebookユーザーの情報を活用することで、トランプの支持者となりうる人々の詳細な人物像を仕立て上げていった。

こうしてターゲット像が明確になると、Facebookの「類似オーディエンス」機能を駆使することで、ターゲット像に近い特性を持つユーザーへのリーチを大きく広げていったという。

また2016年9月からは、「Deep Root Analytics」(DRA)というオーディエンス分析プラットフォームも活用している。

DRAでは、テレビの視聴データなどを元にしたオーディエンス分析や広告の最適化などを実施できる。

トランプ陣営は、テレビCMを流した地域の投票者スコアの変化を確認しながら、地域ごとのCM出稿量や出稿メディアの選定、訴求メッセージなどを最適化していったという。

さらにターゲティング戦略の中で徹底しているのは、地域ごとの投票者の種類を地図上で可視化できるカスタムツールをケンブリッジ・アナリティカ主導で作成した点だ。

同ツールでは、投票者のタイプを20種類に分けた上で、地域ごとの散らばり具合をGoogleマップ上で確認できるのだという。

こうしてデジタルツールやデータを駆使したPDCAをまわした結果、トランプ独自のポジショニングを徐々に明確にしていった。

「富裕層の都合で動く政治の世界を正すトランプ」「これまで無視されてきた労働者階級の苦しみに共感し、富裕層に立ち向かうトランプ」といった具合だ。

選挙戦の終盤までには、資金調達の方法やトランプが演説でまわる地域の選定に至るまで、主要な意思決定のすべてにデータが深く関わることになったという。

研ぎ澄まされていったメッセージ

他の候補者たちに比べ、トランプ陣営がターゲット像を明確に意識してメッセージを研ぎ澄ませていったことは、データからも明らかだ。

下の図は、トランプを含めた候補者たちによるSNS投稿(TwitterとFacebook)を分析した結果だ。

テキストデータを視覚的に表現した「ワードクラウド」と呼ばれる手法を用いている。SNSの投稿の中でより多く使われるワードほど、大きく表示されるというものだ。

上段の2つは共和党のジェブ・ブッシュの投稿。真ん中の2つは同じく共和党のランド・ポールによる投稿。そして一番下の段の2つがトランプによる投稿の可視化データだ。

ブッシュとポールによるワードクラウドは、複数のテキストが雑多に混ざっているため、特定のメッセージやターゲット像を読み取ることは難しい。

しかしトランプによるワードクラウドを見ると、「safe」「america」という2つのワードが明確に浮き出ていることが分かる。

景気や雇用、移民問題などで不安や不満を抱える労働者階級の人々を念頭に、トランプがメッセージを発し続けた様子が伺える。

「共感」が人々を動かす時代の怖さ

こうしたトランプ陣営によるマーケティング施策を見てわかるのは、トランプ自身が実現したい政策ありきではなく、ターゲット層の有権者たちが聞きたい・耳にしたい・信じたいと感じているメッセージの発信に極端に徹したということだ。

そしてトランプが当選した事実から分かる通り、この試みは成功した。

この本ではトランプのメッセージを聞いて支持に傾いた共和党の投票者たちによる声を紹介している。

「普段から自分が感じていたことを代弁してくれている」

「本心から話しているようで信頼できる」

「政界の歪みを正してくれそうだ」

そもそも「政治家は信頼できない」「嘘をついていそう」といった政治不信的なイメージが一般的な中で、ここまでの信頼を勝ち得たことは、トランプ陣営による選挙運動の的確さを裏付けるものだろう。

ただ問題は当時の選挙戦の中で、トランプ自身が実現したい政策の内容を具体的に伝えたことがないという点だ。

実際にこの本の論文の執筆者たちは、トランプが社会や経済問題に対する具体的な解決策を示すことなく、有権者たちの怒りや不安を煽る扇動的なメッセージに徹した事実を繰り返し指摘している。

つまり「私はあなたたちの大変さや不満、不安をよく理解していますよ」という共感の姿勢を的確に示したことが当選につながったのだ。

トランプによる政策内容が理性的に検討されることなく。

一連の話から得られる教訓の一つとしては、自分たちに共感を示してくれるというだけで、政治家を信頼してはいけないということだ。

この記事で見てきたように、今日のようにデジタル技術が発達した時代であれば、有権者の共感のツボを突いて行動に影響を与えることは、優秀な人間にとってますます容易になっているからだ。

この現象は最近の日本の政治界にも当てはまると思う。

「NHKから国民を守る党」(N国)の立花孝志氏が代表例ではないだろうか。

最初はただの色物の泡沫候補だと舐めていた。

テレビ番組でN国を批判したマツコ・デラックスに対して、立花氏が反論するためにわざわざ出待ちした時には、「国会議員としての時間をムダにして」と軽蔑さえしていた。

ただそれが知名度を高めるために意図的に行った「炎上商法」であり、しかもどの著名人に抗議すればより共感や反響を得られるかという観点でABテストを繰り返した末にマツコをターゲットにしたのだというから、話が少し違ってくる。

「NHKをぶっ壊す」という今の日本で共感性の高いメッセージが、より刺さりやすい人々がいるチャネル、つまりTwitterやYouTubeで発信し続けて知名度を上げる。

そうした戦略的な動きによって、知名度が低い泡沫候補ながら国会議員になれた優秀さに感心すると同時にちょっとした恐さも感じる。

選挙や政治の仕組みへの理解をベースに、マーケティング・コンテンツ戦略があれば、有権者をハックできる。

今やその威力は無名の泡沫候補を国会議員に押し上げられるほどの水準であることが鮮明になったからだ。

ということは、決して良き心は持っていないが、ある種の共感性の高い人物が祭り上げられてしまう可能性が十分にあるのが現状ということになる(N国がそうだという話では全然ない)。

有権者の立場からすれば、候補者への共感に流されて判断を下すことはいとも簡単だ。

しかし以下の本で説かれているように、共感だけをベースにした行動は決して社会全体を良くするほうには働かない。

人々が共感の対象とする人物や物事を重視するあまり、長期的には社会の不利益につながる判断をしてしまうことがあるからだ。

そうならないためにも、自制心や知性・理性を持って判断することが重要だ、

というのはあまりに無邪気な意見だが、少なくともそうした課題感を強烈に持たないと、デジタルで可視化された今の私たちは、いとも簡単にハックされてしまうのではないか。

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