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Garçon ギャルソン !! 〜最終章・贈り物 part1〜

レストランが一年で最も輝く12月の夜。
恋する男女の思い出に残る
3日限りのクリスマスディナー

この日の為に料理人、パティシェ、
ギャルソンは3ヶ月前から準備です。

これは本社から送りこまれた私の
レストラン研修が大詰めをむかえた
平成のある年末の話
です。

レストラン全館を飾り尽くし、
日常では味わえない空間で
限定クリスマスメニューのみの日。

食事開始は夜5時半か6時。
次は夜8時または8時半に限定。

予約はすでに満席です。
メニューは、アペリティフ(食前酒)
ワインは白赤のグラス付き。
アミューズ、オードブル、スープ、魚、肉、
プティフールセック、デザートと飲み物

料理を運ぶ20才の親分、垣田くん
待機中にお客様の様子を見ながら、
子分の私に聞いてきました。

「ねえ、あれ、くった?」
「え?あのディナーですか?食べてません」
「食べてないの?」
「え?垣田さん、食べたんですか?」
「ううん(首をふる)」
「誰か食べた人いるんですか?」
「いや、いねえ」
「ですよね」
・・・・
なんの会話でしょう。
垣田くん壊れてます…。
店の寮に住む年頃の男子を
幸せな恋人たちばかりの空間に置くと
脳に異常を起こすらしい。

二人のディナーは税金入れると6万円弱
もちろん男性がお支払。時代はまだ現金主流。
他にプレゼントも用意しているでしょう。

レストランのあとは…知りませんが、
何かあれば、もっとかかる。
この夜、男性はどれだけお金を使うのか。
驚きのため息。男子は大変です。

それでも!
工夫されたクリスマス限定メニューに
驚きと歓声をあげながら、
大好きな人と愛を確かめたいのです。

店は満席多忙ですが、
料理の種類は1コース、準備は万端。
お客様の時間も一定。

あらゆるメニューとバラバラなゲストが
襲いかかる日頃の営業に比べると
キッチンもギャルソンもやり易い


とんでもないのは、クロークです!

フロントは鉄女マミさん担当

この店は海辺でドレスコードがありますが、

以前ドレスコードに外れたお客様に
丁寧に不快さを与えないよう
お着替えをお願いした時の目が冷たい!

早い話、エラそうで感じよくない
でも英語はできる

彼女がもっとも頭にくる夜の幕開けです。
冬にビーサン、ノースリーブはいません。
その逆!むしろ、
みんな着込む。

マミさんは、いらっしゃいませを言った瞬間に
お客様の洋服を見てクロークに入るか
顔にひきつり笑顔がでる。
お荷物お預かりしましょうか?
の目が笑ってませーーぬ。

私は総支配人とマミさんの下で
フロントのクロークをお手伝い。
バックヤード
洋服、荷物の整理に大汗です!

カーテンで仕切るクロークは長細いニ畳くらい。
毛皮、ダウン、オーバーコート。かさばる!

ハンガーに掛けきれないです!
ハンガーにかけなくてもよい材質の上着は
大袋に入れて重ねる。

表からカーテンが開き、
フサフサキツネ色の毛皮コートを渡されました。
こんなの、さわったことない。

「うわっ!高そう」とビビる。
「平気。それフェイクファー」
と言い放つマミさん。

「フェイク、なんですか?」
「ファー」「フ、、、?」「ファアー!」
「なんですか?それ」
「いいから!イミテーションだし」
「あ、ああ、ニセモノ!」
「声が大きい!」「すいません」

ベタベタコントみたいにシカられる。

さらにマフラー手袋冬用小物がつくと
忘れやすく間違いやすい。

サプライズプレゼントを隠しといて!と、
大きな花束を預ける方が何人もいる。

間違えないよう工夫しなくては大変!

むせかえる香水が漂う事もあり、
他の衣類に香りが移らないよう配慮しますが、
たぶん徒労です。

男女の愛を
斜めに見る女になってる私
には、

この夜が少し愚かに見えました
せいぜい、おやんなさいよ、みたいな気分
でも仕事はちゃんとします。

食事がデザートになった頃。
ひとりの彼が2階から降りてきて
急いで店を出て行きました

総支配人が彼を目で追い、外を見てボソリと

「…プレゼント置いてきちゃったんですねえ」

見ると店前の駐車場の車にいる彼が見えます。
普通の小さな軽自動車。
プレゼントを持って戻ってきた彼を
支配人がドアを開けてお迎えです。

「いよいよですね」
「これ忘れたら、もうだめですよね」
「愛がこもってるから、バッチリです」

マミさんも笑顔で見ている
「指輪ですか?」
「いや、まあ」
「クリスマスに指輪、最高ですよ!私だったら大喜び!」
「そうですか」

フロントで調子を整えた彼は
笑顔で上に戻って行きました。

階段を上がる彼を見送る二人も微笑んでいる
彼と彼女を思って浮かべる笑顔。
これがレストランの顔なんだろう、
ふと、そう思いました。

やがてお客様がお帰りになる。
ピカイチのオシャレをふたたび身に装い
白いガラス扉を開けると、
冷え込む夜が待っている。

その寒さに肩や腕を寄せ合って
恋人たちが歩き出し
ていきます。

ふたりを見送るギャルソンは
お客様にきっちり礼をして、
最後をしめくくります。

幸せのお手伝いに満足した顔が、
フロントの方へ向き直ると、
さあ、次、と階段を駆け上がっていく
テーブルチェンジです。

極上の味と
永遠に輝く星のような愛を
実感する夜を創るお手伝い

こうしてギャルソンのクリスマスの夜
過ぎていきました。

つづく。ちなみに垣田くんと私の出会いはこちらです。今回も最後までお読みいただきありがとうございました。いよいよ次で最終回をむかえます。



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