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Garçon ギャルソン !! 〜最終章・贈り物 part2

レストランを支える人間達の
サンタクロースはどこにいるんだろう。
ギャルソンたちの優しい心根にふれ
ふと、そう思った夜の話です。


フランス料理では接客のプロを
ギャルソン=Garçonといい、
そのトップはメートル=Mètreと呼びます。

平成のある年、某外食企業企画室に
中途入社した私が
3ヶ月間レストラン研修を命じられた仕上げは
クリスマスディナーでした。
その前半の話はこちら。

クリスマスディナー最終日。
ラストのお客様が午後7時半にスタートし
フロントのクロークを終えた私は
2階レストランに戻りました。

シェフがキッチンとホールの境目から
客席を見ていましたが、
私が通るとウインクしてふざけます珍しい!

キッチンもギャルソンも最終日はゆとりです。
ホール全体を見ているメートルの柴さんは、

「ようやく先が見えたな。君も疲れただろ」
「いえ・・・ お客様嬉しそうですね」

「女性はやっぱり、こういうのがいいのかあ」
「だって素敵ですも」 

私はこっそり聞きました。

「マミさんと、クリスマスは何かするんですか?」

「いや、お互い疲れてそれどころじゃないよ」

静かに笑う柴さん。

私が淡い恋をあきらめた相手は、
いつもおだやか。
フロントの女王がワカママ言っても
大きく包んでいるのでしょう。

そして最後のお客様のお見送りが終わり…

達成感で皆の顔がゆるみました。
柴さん、江藤さん、総支配人
皆からそれぞれ大きな声がこぼれ出ます。

お疲れー! 終わったーーー!
おーーーし!


垣田くんが蝶ネクタイを外し、
腕をまくって
B`zのCDをかけて音量をあげました。

「やっぱコレだぜぇ!サンタ飽きた〜」

山のようなグラス類、銀のカトラリー、
燃えかけで残った大量のキャンドル。
固まったロウを落とすのに熱湯に浸した
キャンドルスタンドの掃除。

彼らのホーリーナイトは
贈り物にも豪華なディナーにも無縁でした。

だいいち6万円を
一度の食事に使うなんて出来ません。

お客様だって同じかもしれない。
この夜だから
奮発した人はたくさんいた
でしょう。
それほど大切にしたい夜を用意したレストラン。

私はチャリ通勤でした。
時間は午後11時半近い。
片付けはこれからです。

「お疲れ。もう上がっていいよ」と
江藤さんに言われ、

ジャンレノは
「帰ったらまた、まるごとバナナ食うの?」
と聞いてくる。

「食べます、あとコーヒーとチョコ」

クスクス笑うレノです。

実はジャンレノが、ある日私に
「休みの日、飯はじぶんで作るのか?」
と聞いたことがありまして、

「ご飯は“まるごとバナナ”です」
と言ったのです。

「なんだそれ」
「ヤ○ザキのクリームいっぱいの中に
 バナナ入ったヤツです」
「オムレツケーキみたいのか?」
「それです」
「ごはんアレか?」


ジャンレノ、驚き、ウケまくる。
垣田くんにも告げ口している。
そんなにおかしいですか?

以来、ジャンレノは
“まるごとバナナ”の話が好きらしく、
時々、この質問を持ち出し、
ワンパターンの私の答えをきいては
クスクス笑う変なとこありました。

そしてクリスマス後、私にとって最後の定休日
ジャンレノと垣田君が電話をしてきました。

メシ食おう

え?…あ、あ〜はい

今から行っていい?うちどこ?

はい?


彼らは私のアパートに来たのです。

私の部屋には適当な食器が最低限、
使いもしないで置いてある。

そんなことは心得ているふたり。

そして…

鍋、食おうよ、と
コタツの上にバサっと袋を置きました。

柴さんからケーキ、江藤さんからワイン。
他の皆からカンパで鍋材料と紙食器を買って、
垣田さんとジャンレノが作る
のです。

もともと料理人を目指して
この店に入ったふたり。

まずは接客を体験する習わしで
ギャルソンの修行からスタートし、
結果、料理ではなく
ギャルソンを選んだ男たちでした。

「お姉ちゃん、ここ、つかっていい?」

彼らは小さな台所で手際よく鍋を仕込む。
私は突っ立って見てるだけです。

研修初日の
自分の姿とおんなじでした。

垣田君、ジャンレノ、そして柴さん、江藤さん、
他にもユニークなメンツがたくさんいました。

皆んなの顔と活気あるレストランフロアー、
にぎわう客席、音楽、
キッチンとホールの掛け声、

お客様がいないヒマな時の雑談
がよみがえる。

鍋をつつき、くだらない話をし、

きっちり片付けまで済ませた
二人のギャルソンを、

私は通りに出て見送りました。


不思議でした。
恋人でもなく
長い付き合いでもない男性ふたり。

彼らの向こうにある何人もの
ギャルソンたちの顔。

私はあまり使い者にならないヤツなのに
いつも誰かをもてなしているギャルソンは
研修に来たよそ者に、
鍋カマ持参のもてなしをして帰っていく。

ギャルソンとワタシの奇妙な月日は、 

おふくろの味じゃ出せない寄せ鍋に
なりました。

最後は鼻にジーンと塩辛さが突き上げ
たまらなくて上を見ました。

冬の夜空は濃紺に澄んで、
星たちの中から
シンシンと音がしました


もうすぐ新しいことが始まる

その前に、
あの仲間たちに、心からありがとう、と
頭を下げた夜でした。


彼らに贈るものは何もなく、
やってもらうばかりで

現場の研修期間は終了し、
私は本社に戻りました

それからは、たまに店にいくと、

ニヒルな笑いを浮かべる彼らですが、
こちらは店の人間ではありません。
邪魔をしないように
さっと引き上げました。

………それが春になり、、

フロントのマミさんが
寿で辞める、ことになりました。

会社は、
敷居が高く肩が凝るレストランを脱するとし、
企画室は顧客離れをした現場を立て直せと、

私は広報企画の肩書きもぶら下げて、
フロントの鉄女の、
あとがまに任命された
のです。
ちなみに英語は
maybe  メイビー!(訳:おそらくそうです!)
しか返せません。

やがて、お得意様が戻り売上げも目標達成。

垣田くんの下に、今度は
ほっぺがニキビの
笑わない少年がつけられました。
若い頃の長渕剛に似た
芯のありそうなヤツでした。

あれから・・・年号は令和になり

レストランは、
今も海辺にあります。
時代の波や潮風を受けながら
陸の突端に立ち続ける姿が見えたとき、

ああ、訪れてよかったと
お客様に思わせてくれる店があります


海を見て食事をしたくなったら
立ち寄られてはいかがでしょうか。

誰かがあなたを
担当するかもしれません。

ここまでご愛顧を賜り、本当に心から、
お礼を申し上げます。

Garçon ギャルソン !! シリーズ。登場したギャルソンのエピソードが各回にございます。


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