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嵐のあとには必ず真っ青な青空が待っている


時々刻々と深刻さを増す日々の報道に、心底疲れ切っている方も多いと思う。平穏な日常を見えないものに徐々に侵食されていく怖れ。

溢れ出てくる情報のどれを信じ、どう受け止め、どう処理すれば良いのか分からない不安と焦り。世界中が、そんな重苦しく鉛のような重たい空気に包まれている感じがする。

こんな混沌とした世界の中で、私たちはこれからも生き抜いていかなきゃいけない。パンデミック、異常気象、震災、金融危機、家族問題、人間関係、病気や事故、仕事を失うこと。

これからもいつだって、予測しない方向から横槍のように私たちを襲ってくることが起きる。予測やコントロールできることなんてほんのわずかだ。


予期せぬことが起きたとき、前に進んでゆくためにはどうするか?

自分にはコントロールしきれないものがあるということを一旦受け入れてみる。コントロールできないものとは真っ向から戦わず、いま自分ができることは何かを考えてみる。そして自分を信じ行動してみる。

私の知的障害の兄は千葉にあるグループホームに2019年6月から入所している。3月4日の朝にそのグループホームから電話があり、「3日間大きな声を出して落ち着かない様子なので今日中に家族が迎えにきてください」と、突然呼び出された。

今までも数回こんなことはあった。だが今回は更に、「一旦外に出た利用者さんについては、コロナが収まるまでそのまま自宅待機をお願いしています。こちらから連絡するまで、自宅待機していてください」と言われ、帰ることができなくなってしまった。いつ戻れるのか何度か確認したが、毎回、「1ヵ月先になるのか、2カ月先になるのかは分かりません」との回答だった。

その後も戻れる目処を全く示してくれず、1度きた電話の内容は、本人の心配ではなく一旦荷物を引き揚げてほしいとの事務的な連絡だった。そんな対応にムカムカと腹が立っていた。

今までも、そのグループホームに対する信頼感が揺らぐことは何度か起きたりもしていたが、「預かってもらっている」という障害者家族の立場から、言いたい事を呑み込むことも多かった。私たち障害者家族が一番恐れていることは、本人の行き場所が無くなることだから。

福島の病院にいた兄を、決死の覚悟で退院させ、千葉の九十九里に一人移して9ヶ月過ごしたグループホームだった。本人が「悪くないところ」と言っていたこともあり悩んだが、潮時かなと思った。思い切って3月末でそこを辞めることにした。そして、新たな障害者支援施設に入所することを決めた。

兄にも私にも怒涛の1ヶ月だった。今、大好きな叔母の家にいる兄は自宅待機中に薬も減り、今のところ以前より元気そうに暮らしている。新しい施設にも楽しいと言って通い始めている。まずは通所から始めて、徐々に短期入所を試し、長期入所への段階を踏んでいく。

本当に1ヶ月前は全く予想もしていなかったことだが、もしあのグループホームに戻れたとしても、事あるごとに悩んだりイライラしていたと思う。

私も去年の6月から、兄の初めてのグループホーム生活で様々な課題に直面し、先方の代表、施設長、職員さんたちに、こちらの想いをできる限り伝え続け、サポートもしてきた。私自身もやりきった感がある。だから後悔は全くない。

コントロールできないことは手放し、信じて行動する。
こんな事がある度に思うことがある。嵐のあとには必ず真っ青な青空が迎えてくれる。そして、今回もたくさんの人に助けてもらった。本当にありがとうございます。私も兄も自分のできる恩を返していく。

頑張ろう。



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