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『高いからダメ、と言われた事がない。裕福な家ではないのに、貧乏だと思わせない母の子育て。』



私には貧乏だった記憶がない。

しかし、
実家の経済事情は
決して楽なモノではなかったと想像する。

そんなに裕福でもなかったのに、
貧乏だと言う意識がなく育った。

何故だろう。
何故、貧乏だと思わなかったのだろう。

思い起こせば…
幼い頃から何かをねだった時、
『高いからダメ。』と
母から言われたことが一度もない。

高校も大学も育英会の奨学金。
就職してから自分で全て払った。

父は出版社に勤め
植物の雑誌の編集長をしていたが、
その後、独立。
自らベゴニアの研究を始め、
ついには事典や専門書の執筆をしながら
学校で教え、世界中で本を作ることになった。

スポンサーもなく自費を投じての研究。
サラリーマンからの独立。
経済的にも精神的にも余裕がなかったと思う。

実際、
私は育英会の奨学金を取ることになった。




しかし、
そんな経済状況にありながら、
母は“お金がない”とか“貧乏”とか言う雰囲気を
一切、漂わせなかったのだ。

教育にはお金を惜しまなかった。
私が行きたいと言った塾は全て行かせて貰った。





小さい頃、流行った
スフレ風のチーズケーキ。

ねだり倒すと
ある日、嬉しそうに母が言った。

『なおみちゃん、
 スフレ風のチーズケーキ作ったの。』

見ると…
中身がガッツリチーズの固まりの
何故かニューヨーク風のチーズケーキが
目の前にあった。

母なりにチーズケーキを自分で作ろうと
頑張ったのだろう。

…これ、全然、スフレじゃないし…
心の中で呟きながらも嬉しそうに食べてみた。
美味しかった。




高校で遊び倒し、
パーティーに行くドレスが欲しい、と言った時は、
一緒に作ってくれた。

『人が作ったものより
 自分でもっと素敵なものが作れると思わない?』

確かに、そうだ。
好きなデザインを描き母とドレスを作った。

買う喜びよりも
作る喜びを教えて貰った。

ドレス、ワンピース、ポーチ、ミニチュアの家具…
大概の欲しいものは自分で作った。




出来ないことの理由に
経済的なものを結びつけることを
絶対にしなかった母。

結果として、
私は家にお金があるとか、ないとか、
考えずに育つことが出来た。

なかったら、作れば良いのだ。
お金は関係ない。




そのスピリッツは
今も私の中に生きている。

お茶の道具は高い。
でも!
なかったら作れば良い。

茶箱ならぬ茶バスケット。
好きなデザインのお茶碗や香合。

欲しいものは自分で作る。

お陰で
いつも何かを作りたい♫
そんなワクワクな気持ちでいられる。

母から…
生きる喜びを教えて貰った。

さあ、次は何を作ろう(o^^o)





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