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上田の蕎麦屋で

ときどき美術館に出かける。
新聞の広告や町角のポスターで、
気を惹かれる企画展を見つけると、
出かけているのだった。
長野県立美術館は、自宅から徒歩5分と、
近くて好い。
須坂の版画美術館は、ちいさな佇まいながら、
味のある作品展を開いてくれる。
若里の水野美術館も好きなのに、
休館日とこちらの休日が重なってしまい、
なかなか足を運べないのが惜しいことだった。
上田市立美術館で、所蔵の版画展が
開かれている。ホームページを覗いたら、
気に入りの版画家、村上早さんの作品も並ぶという。
電車に揺られて出かけた。
3年前、同美術館の村上早展を観に行った。
並べられた作品はどれも単純な構図ながら、
どの作品からも、静寂を伴った孤独感が
ひしひしと伝わってきて、胸を押されるような
気持ちに包まれた。
上田駅を出て、まずは昼酒をと、
蕎麦屋の塩田屋の戸を開けたら、この日の
口開けだった。
店内のテレビでは、北京オリンピックの
フィギアスケートの団体戦を映していて、
坂本花織が登場した。
日本の女子フリーのエースは、
仏像のようなのどかな顔をしているのに、
骨太の体つきがたくましく頼もしい。
ビールを頼んだら、
塩田屋のこの日のお通しは、きんぴらごぼうと
里芋と凍み豆腐の煮物と、切り干し大根の
煮びたしだった。
坂本花織の見事な滑りを観ながら、
旨いつまみに箸がすすむ。
日本酒は佐久の御園竹。
熱燗でお願いしたら、今度はほうれん草の
白和えとおからを付けてきてくれた。
この店は、酒も食べ物も値段が良心的で、
店を営むお母さんと娘さんのもてなしが
ほんとに温かくありがたい。中休みなく、
昼から夕方まで通しで開けているから、
時間を気にせずくつろげる。
蕎麦に添える七味唐辛子は、
昔から浅草の薬研堀という。長野といえば
八幡屋磯五郎だから、薬研堀は珍しい。
締めの蕎麦をたいらげて会計の際に、
ひとつ使ってくださいと渡されて、御好意に
恐縮をした。
お母さんと娘さんの笑顔に見送られて、
また伺いますと店を出た。
温かな余韻を抱えて美術館へ行くと、あいにく
2/2~2/10休館しますの貼り紙があり、
ふられてしまった。
さて、中途半端に余った時間をどうしようか。
しばし考えて、別所温泉の湯に浸かることとした。
夕方まで湯の町でくつろいで、戻ってきたら
駅前の幸村で一杯だな。駅へ戻りながら、
すみやかに算段をつけたのだった。

春きざす蕎麦屋のカレー気にかかり。

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