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わたしの死生観からのホリスティックケア


IHRAホリアカでのインタビューでお話しさせて頂く機会を得ました。
その中でお伝えさせて頂いた事を記録にも残しておきたいと思いnoteへ書く事にしました。これはわたしがわたしらしく生きる為に感じて来た一つの事としてお読み頂けると幸いです。

幼い頃、母が地域医療の中で訪問看護師をしていた事から、終末期を迎える方の家に訪問するお仕事についていき「死」を体験しました。
その頃の「死」は得体の分からない怖さと、自宅介護の中亡くなっていく方の周りの方々の暖かさや穏やかな「死」を幼いながら感じてきました。そこで命に終わりがある事は何となく感じていたけれど、終末期人生を全うされる方々から、幼い頃は「死」は凄く遠く長い先にあるものと感じていました。
そして高校2年の時父とくも膜下出血と言う病気で突然の別れが来ました。元々は大好きな父でいつもべったりしていたけれど、思春期で少し親が鬱陶しいなと思う時期…父とは勉強や進学の事を言われると嫌だし、話しする事もままならなくなっていた時に、行ってらっしゃいも多分上手く言えなかったまま2度と話せなくなりました。
突然の事過ぎてそこでやって来た「死」はなかなか受け入れれなかったし、人はこんなにもあっけなく突然いなくなってしまうんだと思いました。
その経験や性格的にとってもセンシティブな幼少期を過ごし大人になってもセンシティブで自分に自信が無くいつも周りの目が気になり生きにくさを感じて生きていました。誰かと過ごしても居なくなってしまうという不安や孤独感にとらわれもちろん周りとも上手くいかなくて情緒も不安定な面倒な人になっていました。
父の死をきっかけに将来の進路を考えた時、引き寄せられるように父の友人の医師から作業療法士という仕事がある事を教えてもらいその道に進む事になりました。
専門学校に入ってから学ぶ内容が難しかったし、父の「死」以降「死」を感じる事が怖くなっていました。仕事と向き合う事が命と向き合う事もあり、こわくなり自分には向いてないと何度も何度も思いました。
しかし、そう思えば思うほど不思議と仕事をしていく上でターミナルケアに関わる事が増え命と向き合う環境になりました。
その中で沢山の方々と出会い、幼い頃感じた温かい穏やかな最後を再び思い出す事もあり、「死」🟰こわいではなく、どう生きるかが大切かもしれないという気づきを頂きました。
自分らしく生きて来た方は、男女問わず美しく寿命の長い短いにかかわらず生き抜いて最後を迎えているということ。
「死」がある事を受け入れて限りある人生だとしたら悲観的に生きるより自分らしく生きていた方が後悔ないなと。
そして身体の症状に現れる事はフィジカル的な部分だけでなく他にも大事な事があるのではないかと思い、ホリスティックケアと出会っていく事になりした。ボディマインドスピリット
どの部分もかけてはいけない自分であり、それは1人1人違うバランスの取り方があるという事。
もちろん今でも右往左往ブレる事もあるけれど、ホリスティックケアに出会いセラピストはわたしの天職と感じています。そして沢山の素敵な出会いがあり、自分の生き方に自信を持つ事が出来た。本当は周りには愛が溢れていて、孤独ではない事今生きている事は幸せな事なのだとすごく生きる事を楽しめるようになった。本来の自分自身を取り戻し健やかに穏やかに今を過ごす事が出来ています。
沢山の人生の先輩達から命を持って教えて頂いた事を大切に
セラピストとしてできる事は微力かもしれないけど、来てくれるクライアントさんが自分自身を大切に出来る、身体からのサインを読みとり身体と心の気づきのスイッチの時間になるといいなと思っています。
身体からのサインに素直にありのままに🌿
あなたがあなたらしく過ごせるように♡

holistic beauty&health🌿