自分の 身体 精神は、一生かけて 作り上げていく、自分の作品


私は人生は クリエイションだと思っていて、何でも、願望を形にしていくのが 得意だ。


初めに言葉ありき。 と聖書にもあるけれど、 この地上にある全て形を持って存在 するものは、 何者かの 意思、言葉、

ビジョンが先にあって 存在する。


それに、エネルギーが 伴い、その周波数によって、時間差はあるものの、具現化していく。

形あるものを得る方が、見えない領域を得るより、簡単である。 形になったところで、それはゴールであるから。


ところが、形あるものを、達成して、そこで、見えない領域である、満足感、幸福感が 達成されるかは、保証されない。


多くの場合、形は得たものの、 こんなものなのかな。という 満ち足りない、感覚の方を経験する方が 多いように思う。

それだけ、形で、人の心は 満たされるほど、人間は 単純にできていない。


大きな目標で、あればあるほど、どれだけ、自分は 達成した時に幸福になるだろうか、という期待が大きければ、その分、現実に裏切られる。


それでは、幸福、満足を得ることと、目標達成という相関関係の中の秘訣は 何だろう。

それは、目標に向かっている、今日の一歩の中に 最高の喜びを見出すということ 以外ないと思う。


過程、プロセス自体が 喜びになる。

今日という日が、人生の縮図であり、この瞬間、瞬間の連続の中に、 喜びがないと、永遠に喜びはやって来ない。

私は、17歳の身体を 超える、という目標を自分の中で、数年前から、打ち立て、毎日そこに向かって、歩いてきた。


そのプロセスは、、自分が生きていて、成長し続けている、という 喜びを感じる 過程であった と思っている。


ウエスト60センチ まで、達成して、私が 思い描いている自分の姿が はっきりと 見えてきた。


NYマラソンでいうと、 最終ゴールがある、多くの観衆が、拍手で迎えてくれる、セントラルパークに 入った瞬間のようだ。


肉体を持った 自分という体が、一生かけて作っていく、自分の作品。 そんな感覚を、最近は 持つようになった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?