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災転じて輝きを増す

「災い転じて福となすというけど、災いと福のあいだは苦しいなあ。」と知り合いのTさんがおっしゃいました。Tさんは、80代になられる矍鑠(かくしゃく)とした男性で、広い畑でオーガニックの野菜を育てておられます。 何年か前に大きな手術をされた後も、ずっと原付きで畑に行ったり、買い物に行ったりと活発に活動しておられました。ところがある時事故が続き、原付きに乗れなくなってしまいました。そして畑でも頑張りすぎたせいか、重いものを持ち上げた際にギックリ腰になってしまったのです。

バイクにも乗れない。腰も痛い。体も徐々に弱ってきているし、もう畑はやめた方が良いのではないか。弱気になったTさんの頭を、そうした思いがよぎります。しかし、彼は畑仕事が大好きで、太陽の光をふんだんに浴びながら外で体を動かすことが、自分にとってどんなに良いことかを知っておられました。

どうするべきか。腰の治療に通いながら、彼は考えました。

そうだ、歩こう。日頃バイクでどこにでも行っていたせいか、彼は最近、自分の足腰が弱っていると感じていて、これでは早く老いてしまうと案じていたのです。そしてTさんは、免許を返して、バイクに乗らず歩いて畑や買い物に行くことを始めました。ところが、以前は15分で歩いて行けた畑が今では、痛い腰を抱えて休み休み歩くので、30分かかってしまう。畑の作業を終えてから、スーパーまでさらに歩き、買い物した荷物を背負って、家まで歩くのに40分かかる。これは大変な作業です。苦しいし、しんどい。フーフー言いながら、自分の体と向き合います。「バイクだと楽だろうなあ」「もうやめようかな」「なんて俺は衰弱してしまったのだろう」さまざまな思いがよぎります。でも、この辛い作業を、Tさんは続けました。すると、彼の中に眠っていたヴァイタリティが、徐々に目覚め始めたのです。「こんなに時間がかかってね。しんどいんだ。」と言うTさんの顔は、今まで見たどの時よりも、イキイキと輝いていて、誇らしげなのです。「どこへでも歩いて行く自分」を楽しんでおられるようでした。

 災いと福のあいだの苦しみの中で、私たちは、自分の弱さに向かい、成長し、より輝きを増していくのだと、彼は私に教えてくれました。

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