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いちごみるく(12)

 「ポカリスエット飲む?」
 わたしはユズに聞いてみた。冷蔵庫を開けたら、酒類以外にはそれとウーロン茶しか入ってなかった。汗をかいたときには、キンキンに冷えたミネラルウォーターを飲みたくなるわたしだが、ここにはそんなものは置いてないらしい。水なら蛇口から出るだろ、くらいのことを冷蔵庫の中身に言われたみたいだった。
 「飲む、飲む」
 ユズはまた二回言った。
 

「なんかノド渇くよね。心拍数が上がるからだろうな。あ、テレビ、CSとかやってなかった?つけようよ、レイヴの中継やってるから。こないだの夏、苗場でやってたやつ。知ってる?」
 そうあごで聞いてくる手にはテレビ番組表のコピーがあった。一枚ぺらの紙は温泉旅館を連想させる。
 「なんとなく知ってる。行ったの?」
 「行ってないから観たい。他のレイヴは行ったけどね。来年の夏一緒に行こうよ、苗場」
 来年の夏、その言葉の響きに胸がわくわくした。大きい口をしたブタさんの入れ物の蚊取線香や、ゆかたや、山に囲まれた田舎を思い出した。今はベープマットだし、東京で着るゆかたは芝居じみているし、おばあちゃんは死んじゃったから田舎に行くことはもうない。来年の夏、ということは、どのくらい先のはなしだろう。半年?いやもっとだ。わたしはまたこの人と会うことがあるのだろうか。来年の夏、その頃までには、わたしは今と違ったアングルで、世界を見ることができるのだろうか。

 わたしはウーロン茶を一口飲んでからバスルームに行った。部屋にあったタオルは生地が厚くて、こういうホテルにしては行き届いている。鏡に映ったわたしの顔はむくんでいて、目がちっちゃくなっていた。バスルームから戻り、ベットの上にねそべってのんきにテレビなんか観ているユズに目をやる。ユズはレイヴの中継に夢中だった。ユズはさっき「お前が俺のケツに触ってきたんだぜ」と言った。やっぱりわたしは「お前」らしい。まあいい言わせとけ、と心地いいむかつきがあったけど、その心地よさがどこから来るのかはわからない、でもすごく懐かしく、久しぶりに味わう気持ちだった。わたしから声をかけた?たぶんウソだろ。あまり記憶がはっきりしない。ユズは一度くたっ、となってうつぶせになったかと思うと、テレビを消して突然わたしのほうに向き直った。びっくりしてのけぞるわたしを見て、ユズは口だけで笑った。
 

 「テレビうるさいよね。もう夜だし」
 「何それ?へんなの」
 「なんで?夜は静かに過ごすのが普通だろ」
 「普通ってどんなことをいうの?わたしは普通?」
 「お前はなんていうか、いちごみるくみたいだな。表はピンクの頭してるけど、なめてるといちごがとれて白い中身が溶けだしてくる。白いところはほら、どこでも売ってる普通のあめだよ」
 「いちごみるくって、あめのこと?」
 ユズは、ほかになにがあるの?と聞き返して笑った。

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