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なぜ僕がこうなったのかについての2、3の理由(15)

 有楽町マリオンという手垢にまみれた待ち合わせ場所を選ぶのが彼ららしい。マリオン、という地名を覚えたのもごく最近のことだというニュアンスを電話口で嗅ぎとった僕は、脱力感さえ覚えたものだ。日曜昼下がりのマリオンは心地よい秋風が通り過ぎ、デパートから大小の紙袋を抱えて出てくるおばさんや若い女性、階上の映画館でまだ出会って数回目かのデートをするらしきぎこちない雰囲気の男女、汚れた麻袋とダンボールをいっぱいくくりつけたカートを引いていく髪が伸び放題のおじさんなどがいる。僕はこざっぱりしたボタンダウンのシャツを着て、映画の入場券売り場のすぐ横に立った。最初は時計台の真下でと指定されたのだが、それはあまりにも目立つからやめてもらった。待ち合わせの時間は5分ほど過ぎている。携帯を取り出して画面に変化がないことを確認してバチンと閉じる。それからすぐ横を通り過ぎた長い髪の毛をくるくるにカールしたおねえさんのスカートの短さに見とれる。携帯を出す、開く、バチン。この動作を4回くらい繰り返したところで、50メートルほど遠くから小さくこちらに手を降っている中年夫婦が目に入った。思わず目をそらす。無駄だけど、他人のふりをしてみる。いっそう近づいてくるのが気配でわかった。もう逃げられない距離になって、ああ、とこっちも手を上げた。
 

 「ああもう、人がおおいわねえ、何なのこの人だかり。そうそうあっちで、インタビューしてたのよ、ほら、6チャンネルの夜のニュースの。お母さんもちらっと写ったかも知れないから、今晩みなくっちゃほら、女のアナウンサーが生意気そうなあの番組」
母のおしゃべりをそれから先は父がさえぎった。場所を移さなくてはならない。レストランの予約時間が過ぎてしまっている。マリオンから徒歩5分くらいの、表通りの喧騒からほどよく解放された路地にある中華料理屋。店への道中しゃべっていたのは母だけで、僕と父はそれをBGMがわりに黙々と歩を進めた。
 

 つい立てで区切られた片隅に僕らのテーブルはあった。個室にはならないが水墨画のようなものが描かれた間仕切りに囲まれていて、落ち着いて話ができるつくりになっている。席に着くなり、父はさっそくタバコを取り出し、うまそうに一服した。僕も一本もらうことにした。お前はまだ早い、と父は言い添えたけど取り上げるわけではない。
「同窓会はどうだった。いつのときの?小学校?中学校?」僕は聞く。
「お母さんのね、小学校のときの。東京で開くなんてハイカラよねえ」
 母はたまに東京で開催されるという同窓会を楽しみにしている。東京に出た人は便利だし、郷里に残った人は東京観光ついでというわけだ。父はそれにくっついてきて、母が同窓会に出ている間はホテルの部屋でゴルフ中継を見、ビールを飲み、ホテル近くの温泉施設で湯につかるというコースをとった。父の好きなもののオンパレードだ。

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