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いちごみるく(9)

 いつものように仕事帰りに「ドナウ」で自家製ケーキを食べていると、あきちゃんがさっきの話の続きだけどさ、と切り出した。今日はバナナのシフォンケーキだ。
 「でさ、どう思う?あの人。初めて見るお客さんだけどさ、見た目、若かったよね。名刺見たら、なんか会社名しか入ってなくて、肩書きとか全然わかんない」
 お座敷の勘定を会社に請求させるために、酒宴の幹事は名刺を置いていく。そのお客は幹事ではなかった。あきちゃんに個人的に名刺を渡したというのだった。
 「これは君に渡す名刺だから、連絡して欲しいって言ってた。まわりにおねえさん達とか、ちょうどおかみさんもいたし、詳しい話しなかったんだけど、なんだかなあ」
あきちゃんはむしろ喜んでるように見えた。どうも興味があるらしい。
 

「それなんていう会社の接待だったの?終わる頃におかみさんがいたっていうのは、結構エライ人たちだったんじゃないの」
わたしは顔の横に垂れてくるあせたピンクの髪をいじりながらたずねた。
 「お座敷の予約表みたんだけど、エライっていうより、お得意さんなんだって、ハルミさんがそう言ってた。でも座にいたオヤジたちはなんかさえない感じ。酔ったら下ネタ・オンパレードが始まって」
うちの店はほとんどが接待に使われる。客は中年のオヤジがほとんどで、もし若い人がいればその部屋は本日の当たりということになる。三時間の酒宴で、ラスト一時間を切るとがらりと雰囲気は変わる。それまでどんなに真剣に仕事について語っていても、そこからはカラオケが始まり、酌婦と演歌のデュエットを楽しみ、下ネタ関係の話題に大いに盛り上がるのがパターンだった。
 「そういうオヤジばっか見てるからさあ、今日名刺くれたお客さんとか良く見えちゃうよねえ。あとで会ったら大したことないんだろけど」
あきちゃんはコーヒーをおかわりした。コーヒー好きなのもわたしと同じだった。あきちゃんの喜ぶ顔はなぜが、さみしげに見えた。

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