なぜ僕がこうなったのかについての2、3の理由(13)
Mと僕はそういうわけで、ともにだんだん無口になりながら、校門脇のバス停で大学と駅を結ぶ学バスを待ちながら、重たくなりだした気分をもてあましていた。バス停からは山を間近に見上げることができる。そのまた奥の山を越えれば、僕の実家はすぐ近くにある。夕日はすでに山の奥に隠れて、あと10分もすれば辺りは暗くなってしまうだろう。そのころには、僕は都心の自分の部屋へ向かう電車に乗り込んでいるだろう。僕はしばらくあった間を破り、口をひらく。
「トレードに出されるのを知ったときって、どんな気持ちなんだろうね?やっぱりうらみ節かな」
K投手はフクツの精神が座右の銘なんだ、とMは言った。フクツって何?と聞くとMは、だからあ、屈せずということだよ、と笑いながら教えてくれた。
「プロだからね、一流の選手なら、うらみつらみより前に、トレードは当然ありうることとして粛々と受け止めるんだよ。次には、自分のために金を使ってくれる先を静かに待つんだ。プロフェッショナルだからね、感情に流されたら負けになる」
僕はそんなもんかなあ、人間なら嫌だとか好きだとかあるはずだよなあ、プロになるってことは感情を排したロボットになるってことなのかなあ、などと所感を述べた。Mはそうじゃないよ、だからフクツの精神なんだよ、と僕をさとしてくる。
学バスがようやくやって来て僕たちをそれぞれの家路へと振り分けた。Mはフクツの精神でもって、今日もラジオ英会話講座を聴きつづけるよ、と言い残して帰っていった。
BBはレモンパイをほおばった。リップグロスをたっぷりのせたくちびるに、パイ生地がちょっとくっつく。一口か二口食べるごとに紙ナプキンで口を拭くせいで、口紅とグロスはすぐに落ちてしまった。アイスミントティーの中の氷が溶けて、グラスに水滴を巻きつけている。
「店員はほんとにバリニーズなの」
昨日行ったというバリ式美容サロンの話をしている。何でも、髪の毛を洗って頭をマッサージしてくれるんだそうだ。髪のエステらしきものか。そんなことのために何千、何万円も払うところが信じられないのだが。
「でね、すっごく気持ちいいの、頭をひとにマッサージされるのって。経験ある?何かの薬でもかがされたみたいに、こめかみが重たくなってきて、脳に膜が張られたようになって、ぽわあんとしてくるの。もう極楽ってあのこと。またすぐにいきたいな」
あの日を境に、週に2、3日は通った。そして時々、会計をもたつくふりをして話しかけた。それをしばらくつづけてみたら、BBは僕が来店すると笑いかけるようになった。ホットを一杯サービスしてくれた日もあった。そのうち、また会計をもたついて財布の中身を調べていて見つけたふりをして、映画のチケットがあるんだけど、と誘ったら、ついてきた。映画を見終わったあと、アパレルショップ併設のカフェに入り、楽しくおしゃべりという段取りだ。
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