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【Opera/Cinema】METライブビューイング『椿姫』

 新音楽監督のヤニック・ネゼ=セガンの指揮、マイケル・メイヤーの新演出、ディアナ・ダムラウのヴィオレッタ、フアン・ディエゴ・フローレスのアルフレードと、今期METライブビューイングいちばんの呼び物といっても差し支えない『椿姫』は、どこをとってもほとんど文句のつけようのないプロダクションだ。「歌う女優」「オペラ界のメリル・ストリープ」の呼び名の通り、神がかった表現力のダムラウ(むしろ「オペラ界の北島マヤ」っていいたいですね、私は)。「『椿姫』はベルカントである」ということをイヤというほど実感させてくれたフローレスのどこまでも美しく安定した歌声。ジェルモンのクイン・ケルシーが歌う「プロヴァンスの海と陸」の圧倒的な包容力と奥行き。そして、いつにも増して底力を発揮していたMET合唱団。このメンバーで上手くいかなかったらどうするの、というぐらいなので、出来については当たり前すぎて書くのも気がひけるほどだが。

 ネゼ=セガンは全体的にテンポをゆっくりめにとり、さらにアリアによってはかなりテンポを揺らすので音楽の起伏が大きい。その上で、楽譜の相当に細かいところまで感情表現を徹底させてオケを鳴らすので、非常に「濃厚」な味わいに仕上がっている。オーセンティックなソースたっぷりのフランス料理のような味わいとでもいえばいいだろうか。そこにメイヤー演出が「濃厚」さを重ねる。ヴィオレッタの館の内部を再現した舞台装置(C.ジョーンズ)に、ゴールドの装飾が施された分厚いテクスチュアの衣裳(S.ヒルファーティ)は、ゴージャス以外のなにものでもない。すべての幕を通してセットが変わらず、常に舞台中央にヴィオレッタのベッドがデンと鎮座しているのはちょっと気になったが、圧倒的な音楽の前にはそんなちっぽけな引っかかりはどうでもよくなってくる。ソリストの歌の力とあいまって、「これが西洋音楽の最高峰に位置するオペラという芸術です」と堂々と宣言されているような感覚。「オペラとは〜」と極東の島国でちまちまいじくり回してるのが全部吹き飛んじゃうような、堂々たる王道宣言。ザ・脱帽。

 敢えてアラを探すとすれば、2幕2場でのバレエがややグロテスクで歌に合っていなかったのが気になったが(なぜあんな振り付けにしたのだろう)、それとてもプロダクション全体の評価にはほとんど影響を与えないのではないか。それほどに圧倒的な『椿姫』。もし好きか嫌いかを問われたら手放しで「大好き」とはいえないのだが、それとてもあくまでも私個人の感性の問題。初心者であれマニアであれ「オペラ」を愛する、あるいは愛したいと思っているすべての人にとって観るべきプロダクションであることは間違いない。

2019年2月8日、東劇。

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