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夢中になることの恐怖。


こんばんは。夜もむしむししていますね。
東京は、本日スコールみたいに雨が降りました。

“スコール”って言葉でたった今思い出しました。

『たまに言葉がスコールのようになる』と言われたこと‥‥。


わたしは、とっっっっても
おしゃべりです。というか
ものすごい勢いで喋ることができます。
言葉の数も多く、テンポも速く。早口でまくしたてることが普通に出来ます。スコールみたいに。

でもねでもね。

もうずーーーーっと長い間、それを
調節してきました。
調節してることすら、無自覚になる程
長年やってきてた。

だからいわゆる『おしゃべりな人』の括りには
入ってなかった(と、思う。)

“聞き上手”と言われることの方が、圧倒的に多かったように感じます。

MC(司会)などの場面では
『しゃべりうまいですね!』って言われたりもしていましたが、それは、「がんばってやってるから」って思ってたんですよね。

でもねでもね。


緊張もしないし、台詞も大まかに頭の中で決めておくだけ(決めてない時も多々あり)で


気をつけてたことといえば

しゃべりすぎないようにしなきゃってこと。

だから、“がんばってた”のは

《楽しくなっちゃってしゃべりすぎないように自分を見張ること》なんですよね。

まぁMCの場合は、その機能もとっても大切なんですけど。時間決まってるしw


とにかく、自分が楽しくなっちゃってると
思考を使ってるんだか使ってないんだか
自分でも把握できません。
脳の、どこかしらかの力は当然使っていますが
その、言葉を繰り出すスピードに自分の意思が追いついてない。
後で、その時自分がなにを喋ったのかも、全部は思い出せません。


その、自分の力を

最近ちょっと、調節しないようにしてみています。
100%は、ぜんぜん無理ですが
80%くらいは、解放してみています。(それも場や相手によって。だってこわいし。)

変化といえば

まず、声帯がめっちゃ鍛えられるw

今までの声の出し方よりも、どうやらいろんな音圧や音色を出してるみたいです。


それから

湧き上がる罪悪感と恐怖!


わかりますか?夢中で楽しんじゃう怖さ。

すごーく小さい頃、自分が夢中になって遊んでたら周りの大人に注意される感覚。

しかも、お喋りって相手があることなので余計に「わたしばっかり喋っちゃったな」「なんか変なこと言っちゃったかも」ていう罪悪感は、湧き上がりやすい。恥ずかしさとかね。
脳内反省会も繰り広げられやすい。

しかしながら、ちょっと続けてみています。



まずは自分が楽しむ、とか
他人の目を気にしない、とかね、よく聞きますけどね

それって、実は、完全に楽ではないw

けど、それは

自分が本当に夢中になっちゃってる証拠。無我夢中。

だからこそ後から思考が慌てだしますねw


みなさんはなにかありますか?
わたしみたいに、おしゃべりしすぎないようにしてる人は結構いるんじゃないかな。
逆に『何かしゃべらなきゃ!』ってなってる人もいるかな。

ほんとはひとりで黙々となにかやっていたい、のに、なぁ。とか。

自分の能力って
罪悪感がヒントなのかな。
けど、罪悪感は、結果論だから
最初から罪悪感めがけて行動すると、変なことになるか。

うん。あぁそっか。まずは。

《安心安全の場所で、現れてくる自分》が
ソレですね^^





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