コンビニ廻るよ、どこまでも〜昼〜
お腹が減っているのに食べられないのはツラい、と氷川さつきは思った。
そろそろお昼時である。
このコンビニは住宅地にあるため、サラリーマンが押し寄せる事はないが、住民たちがお昼ご飯を買いに来るためそれなりに忙しい。
特にレジ横のショーケースに入っている揚げ物が、この時間の売れ筋である。
ジュウウゥゥッという空腹を刺激する音を聴きながら、さつきは紙の箱にせっせと唐揚げを詰め込んでいた。
朝の時間に入っているパートさんは、いつも昼間の準備まで終わらせて帰っていく。その丁寧な仕事ぶりに、さつきは感心していた。
母親と同じ位の人に対してそう思うようになったのは、コンビニで働くようになってからだ。
「氷川さん、焼鳥も温めておく?」
「そうだね。じゃあいつも通りお願い、佐山君」
佐山要はさつきより後に入ったバイトだが、人当たりが良く仕事の呑み込みも早い。
お互い大学2年生という事もあり、お客さんがいない時にはタメ口だ。
「あ~あ、お腹減ってきた」
「私も。今日は何食べようかなあ」
「俺は学食かなあ。今日は講義が遅くまであるし」
「良いなあ。ウチの大学、学食がイマイチなんだよね。近くに良いお店無いし」
「あれ、氷川さんの大学って遠いんだっけ?」
「ここから電車で二十分くらいのとこ。ウチの大学って駅から遠くて、食べられるお店は無いんだよね。
私食べるの大好きだから、ご飯は大事にしたいの!」
思わず声が大きくなり、途端に恥ずかしくなって唐揚げの箱を強めに閉めてしまう。
角がべこっとつぶれてしまった。
「あーっ!ヤバい!どどどどうしよ…」
隣で要が笑いをこらえている気配がする。さつきはますます慌ててしまった。
「ごめん、バカにしてる訳じゃないけど思わず笑っちゃった。
お詫びに俺がそれ買うよ。唐揚げ食べたかったし」
ひょいと箱を持ち上げられて、さっきとは違う焦りがこみ上げる。
「そんな!私がやっちゃったんだから私が買うよ!佐山君が気にする事ないから」
「いーって。店長も、絶対買うなら自分用に作って良いって言ってたし。
俺の為に作ってくれたと思えば。ね」
にっこり微笑まれて、心臓が飛び出るかと思った。その笑顔は反則だ!
「じゃ、じゃあ私が買うから、これは奢りって事で!それは絶対ね」
「別に良いのに。
けど、サンキュー。助かった」
イケメンの笑顔、破壊力ヤバい。
「ごめんなさいねえ。揚げ物、もらえるかしら?」
自分のドキドキする胸に困惑していると、穏やかな声が割り込んできた。
レジを見ると、常連のおばあちゃんがにこにこ立っている。
「す、すいません!お待たせしました!」
「楽しそうなのにお邪魔しちゃって悪いわね。
お昼ご飯は、ここの唐揚げにしようと思ったの」
さつきのあわあわした対応にも品良く笑い、会計を済ませる。
おばあちゃんが帰ってしまうと、さつきはようやく深呼吸が出来た。
「焼鳥も唐揚げも全部出したよ。じゃあ俺、この後学校だからあがるね」
「え!?」
「店長ー、お疲れ様でーす」
見ると、商品ケースには唐揚げや焼鳥が綺麗に並んで置いてある。
いつの間に、て言うか仕事はやっ!
「じゃあ唐揚げください」
にっこり笑ってレジの前に立つ要。
着替えてリュックも背負っている。手際の良さは仕事以外にも発揮するようだ。
「もう…今度、また何かでお礼するから!」
「ホントに良いのに。
てか、それならさ。
今度、一緒に飯、いきませんか?」
「へ?」
「LINE交換してなかったし、これ俺のID。
いつでも大丈夫、だから、良かったら連絡、ください」
いつもと違う、辿々しい口調。
緊張してるんだと気づいた時には、ちゃりん、という音と共に、メモ用紙に書かれたアルファベットが目に入った。
「じゃお疲れ様!」
「えっお金いらないって…」
ぴんぽーん。
ドアを抜けて走り去る後ろ姿だけが確認できた。ちゃんと唐揚げは持って行くあたり抜け目ない。
「もう。これ、どうしよっかな」
手にとって見ると、佐山要より!と書いてある。たった今用意したはずはないから、ずいぶん前から準備だけしていたのだろう。
そう考えると、可愛く思えてくる。
さつきはお金をレジに仕舞いながら、美味しいお店の候補を考え始めた。
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