仏様と、〇〇

私は今、仏様に会っている。
とはいえ現代の仏様は、お寺ではなく、オフィス街のおしゃれなイタリアンレストランに現れる。
そのお姿も、銅像で良く見るふっくらとした姿、ではなく、何を食べたらそんなになるんですか!と問い詰めたい程のつやつやお肌と、しゅっとした顔つき。
螺髪と呼ばれる、小さいくるくるがたくさん付いた頭髪でもなく、さらさらのロングヘア。
服もゆったりとした布じゃなく、ごく一般的なスーツ。
私の目の前にいるのは、仏様…えっと、本当の名前は柴崎リリさん。私が勤める会社の上司だ。
平日のランチタイム、私と柴崎さんは、お気に入りのイタリアンレストランに来ている。
柴崎さんは、その人徳から「仏の柴崎」と呼ばれているのだ。
例えば新人がミスをしても、頭ごなしに怒ったりしない。
なぜ間違ったのかを一緒に考えてくれるし、アフターフォローも完璧だ。
部下の成長を一番に認めてくれるし、自分が責任を取るからやってみなさい!と背中を押してもくれる。
お陰で、我が部署の業績は右肩上がり。それもこれも、仏の柴崎あっての事なのだ。
「まだ時間あるから、デザートも頼んじゃいましょうか。
坂上さんは何食べる?」
「あっ、えーと、ティラミスで!お願いします」
「はーい。…私もティラミスでいいかな」
「あー。…そうですねえ。あ、注文お願いしまーす」
注文を確認した店員さんは、笑顔でテーブルから離れていく。
「このお店、美味しいですね。連れてきて頂いて、ありがとうございます」
「そうね。創作イタリアンって気になってたけど、パスタも良かったよね」
「わかります!あとは、《アレ》があれば良かったですね」
「それ期待して来たんだけど、まあしょうがないか」
失礼いたします、とティラミスが置かれる。
程よい甘みと上品なマスカルポーネの香り。
ゆっくり堪能していたら、そろそろ会社に戻る時間だ。
柴咲さんは仏の柴咲さんなので、待っていると全部奢ってくれる。
とてもありがたいけど、せめてランチは自分で払いたい。自慢じゃないけど、職場でめちゃくちゃお世話になってるのは私なのです。
お会計のレジ横には、テイクアウト用のお菓子が並んでいる。
私がお金を払い終わると、柴咲さんはショーケースにかじりついていた。
もちろんこれは比喩だけど、視線はある一点に釘付けでぴくりとも動かない。
「すいません!!これもお願いします!」
「はっはい!かしこまりました!」
勢いにおされて、店員さんも大きな声で反応しちゃったみたい。クールビューティーを絵に描いた様な人から、体育会系みたいなノリと声が出るとは思わなかったよね。
よく見たら、さっきティラミスの注文を受けた店員さんだった。あまりのギャップに動揺してるのがよく分かる。
「ありがとうございました!!」
「ありがとう。…ご馳走様でした」
最後の言葉はいつもの声で、さらっとお礼ができるの格好良いなあ。
「…あああ。またやっちゃったぁ〜…」
お店を出た途端、柴咲さんがしょんぼりした顔でうなだれる。
「あ、もしかして。
《アレ》が売ってたんですか?」
「そう!見てこれ」
ずいっと差し出されたのは、カラフルな四角の缶。
ピンクや黄色の…たぶんマーガレットのイラストが、沢山散りばめられている。
とても可愛い缶で、インテリアとして置いておきたいくらい。
「イタリアにある有名なお菓子屋さんなんだけど、日本で手に入らないの!ネットにも出てなくて!
《ソフトタイプ》って見た事ないし、これはレアなヤツよ」
店員さんに話しかけた時のテンションで熱弁している。
さらっと言ってるけど、柴咲さんイタリア語読めるんだ…確かに、缶のフタにアルファベットが書いてある。
私なんて、模様の一部としか思わなかった。
「そうなんですね。イタリアっぽくて可愛いし、私も買えば良かったです」
「あ、じゃあ今日は一緒に帰りましょ。
実は他にも狙ってるお店があって。色々試してみたいから、カラオケに持ち込んで食べ比べしない?
アメちゃんの感想も聞きたいし」
「わ、実は私も柴咲さんに食べてほしいお店のがあるんです!
今日は残業なしで帰りますね!」
「まあ、期待しないで待ってるわ。
…って、そろそろ戻らないとヤバい!」
「え?
わ、ホントです!急ぎましょう!」
せっかく今日のお楽しみが出来たのに、遅刻したら元も子もない!
二人して走ったお陰で、午後の始業時間にはなんとか戻れた。
というか、柴咲さんは足も早いのだ。それに置いて行かれないように走ったから辿り着いたというのもある。
「今日も仏の柴咲さんとご飯?どこ行ってたの?」
無事にパソコンを立ち上げると、同期のミカちゃんが話しかけてきた。
「気になってたイタリアンレストラン。スクランブル交差点の所だよ」
「あーあそこ?美味しいよねえ。テイクアウトのお菓子も可愛いから買っちゃった」
「あ、やっぱり欲しくなるよね」
「特にキャンディ缶が可愛いの。
買いたかったんだけど、他のお店のがまだあって…
だけどあんまり食べないから、アメちゃんにあげる」
綺麗なピンクの包み紙を、私のデスクに置くミカちゃん。
「アメちゃんに飴あげるって、やっぱり言いたくなるよね」
「…そのネタ、悟りひらける位には振られてるよ」
ふにゃ〜っと笑うミカちゃんにもイジられる様になってしまった…
そう、ランチの時の柴咲さんも「アメちゃん」と言っていたが、決して大阪のオバちゃんが言う「飴ちゃん」ではない。
私の名前は、坂上アメ。
あだ名ではなく、正真正銘、「坂上アメ」が本名なのだ。
両親は一生懸命考えたらしいけど、なんでそこにたどり着いたのかは聞いていない。
聞いた所で名前が変わるわけじゃないし、私自身はそんなに嫌いな響きじゃないし。
幼稚園や小学校では、いじめっ子に散々からかわれたけど、両親が全力で「可愛いかわいい」って褒めてくれたから、そこまで名前にコンプレックスがあるわけじゃなかった。
でも、やっぱり変わった名前なんだって思うようになってから、普段は名字しか名乗らない。聞いた相手も戸惑うみたいだしね。
学生時代はそれで何とかなったけど、社会人になって会社で働くとなるとフルネームを隠しておく訳にもいかない。
流石にからかわれる事は無いけど、イジられるのはよくある事だ。幸い、悪意を持ってイジる人はいないから不快じゃない。
それに、この名前のおかげで良いこともあったしね。
「坂上さん。もう定時だけど、残業はほどほどにね」
「えっ?」
きりっとした柴咲さんの声がする。
慌てて時計を見ると、いつの間にか退社時間だ!
ミカちゃんもバッグにポーチをしまっている。のんびりそうに見えるけど、仕事はきっちりしてるんだよね、この子。
「じゃ、お先に」
声をかけてくれた柴咲さんはさっさとオフィスを出ていく。
「あああ、すいません…!」
私は慌てて書類を保存する。申し訳無さと焦りから、キーボードを叩く手がおぼつかない。
「お疲れ様で〜す。
アメちゃん、また来週〜」
「ミカちゃんまで?!
お、お、お疲れ様ーー!」
やけくそ気味で答える私の声に、パソコンのエラー音が重なった。



〜つづく〜




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?