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読書記録: RAKIM "Sweat The Technique"

先日の2023グラミー賞Tribute To The 50th Anniversary Of Hip-Hopでも風格のパフォーマンスを見せていたRakimの自伝。英語のわかりやすさに加え、何より面白く、1週間ほどで読み終えてしまった。

HipHop好きならご存知の通り、Rakimはラップのスタイルの変革者であり、孤高のリリシストと称される。

低めの声でクールに繰り出される
・多くの場合シンコペーションから入り、
・16部音符グリッドの様々なところに自在にアクセントを置き
・哲学的とも言える抽象性のあるリリックが多い(ちなみに金にまつわるリリックも多い)
・速いBPMの曲も多い
などのスキルによって、Rakim以降、ラッパー達はそれまでのスタイルを変えなきゃならなくなったと言われるくらい、現代的なラップの始祖として現在も深く尊敬を集めている。

この本は、ライムを生み出すために集中する時の姿勢(坐禅を思い起こさせる)から始まり、さかのぼって子供時代からストリートや公園でのヒップホップ黎明期の思い出、Eric B.との出会いや、ユニット(Eric B. & Rakim)の絶頂期、その後の活動や、リリシストとして何を矜持として、何を世に提供するか、といったことが親しみやすい口調で語られる。

本当に、思った以上に親しみやすいのだ。
子供自体のいたずら話、やんちゃ話、初恋(!)の話もあれば、仕事について親やR&Bシンガーのルース・ブラウン(叔母と言われるがそうではないらしい)に相談したり、といった家族的な話も多い。
アフリカン・アメリカンのミュージシャンやスポーツ選手の家庭に多い「父親が家庭を放棄し、母が一人で子供たちを育てた。貧しい中、兄弟や友達はギャングや麻薬に染まり、そこから抜け出すために音楽(あるいはスポーツ)に打ち込んだ」といったパターンでは全くなく、安定した仕事のしっかりした両親と、ちゃんとした兄姉のもと育った、という、至って恵まれた家庭だった。

サックスをやっていたハイスクール時代、兄のレコードでコルトレーンが倍音で同時に2つの音を鳴らすのを聞き、衝撃を受ける。(お兄ちゃんのレコードというのがいい話だ。そしてMy Favorite Thingsらしいんだけど、どの部分だろう。アルバムはSelflessnessだろうか。)
そして、同じことをラップでやるには?と考えた結果、ホーミーの習得に精を出した。とかではなくて、
「通常のラップ」に並行して、語頭・語尾の韻、意味を重ねて配置される単語が別個のリズムを描くことで、同時に二つのステートメントを聴衆に伝える、という解を導くところが、Rakimの知性の鋭さであり、それを実際にラップとしてデリバリーできるのが彼の天性のスキルである。

実は私、"Don't Sweat the Technique"のRakimのラップを採譜してみました。(それをある形にアダプテーションしてみよう、というアイデアがあってやってみたのですが、採譜した後がなかなか進まずにいます。)
Rakim自身は、ライムをノートに書いたあと、彼独自の記譜法のようなものでマーカーなども使いながらアクセントやブレス、押韻などを追記していくらしい。(写真載せてくれればよかったのに。というかこの自伝に唯一不満があるとすると、表紙カバーと扉にしか写真がないことだ)

精神的なところで言うと、彼はイスラム教のFive Percent Nationであり、元の名前William M. Griffinから、ステージネームをイスラミックなRakimとしたのも彼自身らしい。精神的な話(マイルスの自伝にもあったが、数秘術的な話も出てくる。アメリカ人って好きなのかね)もあれば、どのツアーのギャラが何万ドルだった、あのアルバムの制作費はいくらだった、という金額がストレートに出てくるところが面白い。ちょっとイスラーム的な気がする。

お金の話と言えばこのへんの、HipHopが単に公園でフッド(地元)の連中と共に楽しむものだったころから全国でファンを沸かせ、巨額のギャラが発生するエンターテインメントになっていく過程の彼らのサクセス・ストーリーは、いわゆるゴールデンエイジのHipHopに親しい人なら、本当にページを繰る手が止まらないと思う。


自伝というジャンルは、ミュージシャンのものに限らず、ナイーブにそのまま事実として読むべきではないけれど、それでも、この本の読後感は爽やかだ。

Rakimに対して読者が持っているイメージのバックグラウンドに、ファミリーやフッドのカルチャーとの意外なほどの暖かいつながりがあることを明かした上で、Rakimは言う、常に努力するんだ("Sweat the Technique")と。




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