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時間の民俗である「常民」と「非常民」が教えてくれたこと。

本レポートでは、便宜上、「常民」と「非常民」の定義を明らかにした上で、それぞれの特徴や違い、長所と短所について、考察していきたいと思う。 


「常民」と「非常民」の定義

「常民」とは、「柳田国男の用語。生産に直接携わり、民間伝承を担っている人々。(※1)」である。

また、「柳田は、初期の研究においては村などに定住せず山々を巡り歩いた山人を研究していたが、彼ら山人に対して一般の町村に住む人々を指す意味で「常民」を使用した。(※2)」との記述もあり、柳田自身も明確な定義を示していなかった。

ここでは、柳田の解釈に沿って、便宜上、「常民」を稲作農耕民、「非常民」を山民と定義した上で考察を進めていく。 

「常民」(稲作農耕民)は、稲作農耕を生業としているため、その土地に定住する傾向がある。

また、一般の町村に住んでいるため、人間関係や周囲の環境が固定化されている。そのため、後世の人々への民間伝承の担い手として役割を果たしてきた。

一方、「非常民」(山民)は、山での狩猟採集や焼畑農業などを生業としている。また、山と平地を往復したり、木地師のように原料の木材が無くなれば次の山へ移動したり、焼畑経営では4年目以降に耕作放棄・休閑して別の畑に移ったりと、移動がつきものである。 


「常民」と「非常民」の大きな違い

私は、「常民」(稲作農耕民)と「非常民」(山民)の特徴を踏まえ、「移動」が大きな違いではないかと考えている。「移動」の有無に着目することで、それぞれに長所と短所があることがわかる。 

「常民」(稲作農耕民)は、「移動」が少ないため、安定した生活を営むことができる。また、比較的生活が安定しているため、子育てや後継者育成に時間を割くことができ、後世への民間伝承の担い手になりうる。

一方で、気候変動の影響をもろに受けやすい。定住した土地と稲作農耕地が気候の影響を大きく受けた場合、例えば干ばつや台風、洪水などの影響で凶作となると、たちまち生命の危機に陥ってしまう。

他方、「非常民」(山民)は、「常民」(稲作農耕民)に比べて、「移動」が多いため、気候変動の影響を受けた場合でも場所を移動することで回避可能である。逃げ場が多くあるということは、生き延びる可能性が上がることを意味する。

また、多種多様の食料を確保することができるため、栄養に偏りが少なく、健康的である。一方で、自然を相手に多くの「移動」を重ねるため、こちらもまた死の危険性が高まる。「移動」の機会が多ければ多いほど、リスクを伴う。(※4) 

どちらも一長一短であり、一概にどちらが良いとは断言できないだろう。それぞれに長所と短所のあることが、それぞれがこれまでの人間界で選択されてきた生き方であることの裏付けとなる。 


「木地師」という存在

最後に、「非常民」(山民)の中でも、特に印象に残っている生活と文化について考えたことをまとめていく。

それは、「木地師」の存在である。「木地師(きじし)は、轆轤(ろくろ)を用いて椀や盆等の木工品を加工、製造する職人。 (※3)」とある。

中でも特徴的なのが、「移動」と「暦」である。木地師は、原料の木材がなくなると次の山へと移動していくため、年中の労働スケジュールが決まっている。

「木地師の暦(近江盆地西部朽木谷)(※3)」では、年中行事と木地師の労働が事細かく記されており、その規則的なスケジュールに驚かされる。

1年の半分近くは山で生活し、木材がなくなると次の山、また次の山へと移動して、運搬や行事、木地挽等がある場合のみ村に下り、平地で過ごすらしい。

これまで考えてきた「常民」(稲作農耕民)と「非常民」(山民)の特徴、長所と短所、それぞれの違いに合致する部分は多々あれども、予想外に規則的であることに私は驚いている。

年中行事の表なので、一見規則正しい生活と文化であるように思えるが、細部に目を向けると大まかなスケジュールに沿っているとはいえ、自然を相手にして移動を重ねているため、決して安定しているとは言えないだろう。

ここで初めて、「常民」(稲作農耕民)と「非常民」(山民)の共通項として、ある一定の周期に則って生活していることが挙げられる。それは、どちらも自然を相手にしているからである。 


最後に

ここまで、「常民」(稲作農耕民)と「非常民」(山民)について、また「非常民」(山民)の中でもとりわけ木地師について考察してきた。

私は、これらのことから、ある1つの事実に行き着いた。

それは、人口の多い都会の中で自然を相手にする機会が減っているということである。

「移動」をすることもなければ、「暦」や「季節」、「自然の周期」に対して考えを深める機会も非常に少ない。

こういった環境下で、「常民」(稲作農耕民)と「非常民」(山民)について考えることができたのは、大きな契機である。

このきっかけを無駄にすることなく、散歩という「移動」をしながら「暦」や「季節」、「自然の周期」に触れ合うようにしていきたい。

気付きを増やすだけで、目の前に広がる世界が大きく変化するはずだ。 


参考文献 

※1 『三省堂 大辞林 第三版』 

※2 「常民」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(‪http://ja.wikipedia.org/‬)2020年7月16日22時(日本時間)現在での最新版を取得 

※3 講義ノート(民俗学8) 

※4 ユヴァル・ノア・ハラリ(2016)、『サピエンス全史(上・下) 文明の構造と人類の幸福』、河出書房新社 

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