【ジャズのリズム:その1】テンポ・キープについて

私の書いた中では、「メトロノームを使った練習法について」という記事の反応が比較的良かったので、ジャズのリズムについて少し考えてみたいと思います。対象読者は、いちおう主に頑張っている学生やアマチュアとしておきます。

第1回目として、テンポ・キープについて考えてみます。

皆さん、テンポ・キープ、できていますか。私はできていません(苦笑)。まあ、そんな私が書く文章なので気楽な気持ちで読みながら少し考えていただけたらと思います。

テンポ・キープは必要か

1曲、あるいは何曲か、自分たちの演奏を録音してみましょう。そして、曲の冒頭部分の数小節聴いたら、途中の大部分を飛ばして、その曲の最後の部分を聴いてみましょう。すると、大抵の場合、速くなっているか、遅くなっているか、あまりテンポに変化がないか、いずれかだと思います。

テンポに変化がなければよいのでしょう。しかし、たいていはだんだん速くなっていくか遅くなっていくかどちらかではないでしょうか。

同様に、昔の先人たちの録音をに聞いていみましょう。いろいろな演奏者の録音をいくつか聴いてみると、実際のところ1曲を通してテンポが一定であるとは限らないことに気づきます。

自分たちよりもはるかに優れたプレイヤーさえ必ずしも一定のテンポで演奏しているとは限りません。だからといって、テンポは速くなったり遅くなったりしてもよいということになるのでしょうか。さらにいえば、テンポ・キープのための練習をする必要はないのでしょうか。それが今日のテーマです。

テンポ・キープは誰にでもできる

実はテンポ・キープはそれほど難しいことではありません。

例えば、じゃんけん。

じゃんけんの掛け声にあわせて、全員が常に「パー」を出すとあらかじめ示し合わせて、永久に「あいこ」になるじゃんけんを試してみましょう。

ジャズ・バンドのように誰かがカウントを取るわけでも、交響楽団のように指揮者がいるわけでもないのに、掛け声の最初の方でテンポがなんとなく決まれば、一定の掛け声のリズムに沿ってじゃんけんを続けることができるのは、皆がテンポ・キープできているからです。

何か大切なことを決める(押し付ける?)ための真剣勝負のじゃんけんのときでも、いわゆる「おそ出し」の不正が滅多に問題にならない理由は、じゃんけんの参加者が、特別な音楽やスポーツの訓練を受けなくても最低限のテンポ・キープがきちんとできているからです。

あるいは、日本語。

日本語のリズムは、モーラ等時性といって、われわれ日本語ネイティブが話すときは、一音一音が必ず同じ長さで発音しています。ここでいう一音とは、言語学で拍またはモーラというのですが、五七五のリズムの数え方のことです。モーラはシラブル(音節)とよく似た概念ですが、「ん」(撥音)や「っ」(促音)、それに「ー」(長音)も1つの単位をなす点がシラブルと異なります。

アナウンサーがニュース原稿を読むときはもちろん、日常の砕けた会話、さらにはかなり興奮して「馬鹿野郎! お前なんか…」と怒鳴り散らすような状況であっても、日本語の一音一音は常に一定のリズムを刻んでいます。日本語を初めて聞く外国人には、日本語は機関銃のように聞こえるそうです。これはダダダダダと、一定のリズムで話す日本語のモーラ等時性を的確に捉えた表現といえるでしょう。

「日本人はリズム感が悪い」ということをよく耳にしますが、私はそのようには思いません。少なくとも、じゃんけんや日本語のリズムが示すように、少なくとも一定のテンポやリズムをキープすることについてはまったく問題ないことがわかります。

なぜテンポ・キープができないか

じゃんけんや日本語のように、意識するしないにかかわらずテンポ・キープが問題なくできている私達が、なぜ音楽の演奏となると途端にできなくなるのでしょうか。

楽器の演奏は難しい

一番単純な理由として、楽器の演奏はじゃんけんや母語を話すことと比べたら格段に難しい点があげられるでしょう。

楽器の操作そのものもそうですが、読譜力が追いつかないと当然テンポに対して遅れていくでしょう。あるいは、シンコペーションのような複雑なリズムを正確に理解することなくなんとなく演奏すると、どうしてもテンポやビートに対して不正確になって伸びたり縮んだりするのは当然のことです。

したがって、テンポをキープするためには、楽器そのもののスキル・アップをすべきだということも当然ですが、加えて、読譜力の向上、さらには、音楽のリズムをできるだけ正確に理解する(つまり、聴いて分かること、楽譜を見て分かること、それを表現できること)が必要といえるでしょう。

他人任せでよいか

指導をしていて、「リズム・セクション」「ホーン・セクション」という括り方が誤解を生んでいると感じることもあります。

テンポ・キープはリズム・セクションに任せ、歌手や管楽器奏者はそれに乗っかればよいのでしょうか。それは大きな誤解です。

私は、ジャズのアンサンブルとは、神輿を担ぐようなものだと思います。「わっしょいわっしょい」というテンポを全員がキープすることで全員が神輿を担いで前に進んでいきます。リズム・セクションではないからといって「わっしょい」の掛け声に反した動きをしたり、あるいは神輿にぶら下がったりすると、他のメンバーに負担がかかりますよね。

ジャズのリズムのトレーニング(これは、演奏するだけでなく聴くトレーニングも含みます)を続けていると、例えば、プワーっとリズム・セクションに乗っかるだけで適当に演奏しているように聞こえたマイルス・デイヴィスのトランペットが、実は恐ろしいほど正確にリズムをコントロールしていることが聴いて分かるようになります。かなりユニークな音色とフレーズで変幻自在に演奏しているオーネット・コールマンも同様です。クリフォード・ブラウン、チャーリー・パーカー、リー・コニッツなど、優れた管楽器奏者はほぼ例外なくリズムのコントロールがきちんとできています。ある程度リズムに対してスキルを身につけた人であれば、レコードとあわせて練習してみましょう。一目瞭然のはずです。

これらの考察から、ジャズ・アンサンブルにおいて、テンポやリズムに関しては、リズム・セクションのメンバーだけでなく、等しく全員が責任を負うというのが真実であると私は考えます。

よりよいリズムで演奏するためには

以上を踏まえて、よりよいリズムで演奏するためにはどのようにしたらよいか考えましょう。楽器のスキルアップ、音楽の理解力のほかにできることはないのでしょうか。

全員がリズムに対して自立すること。他人にあわせない

じゃんけんを思い出してください。じゃんけんをするとき、誰かにあわせてじゃんけんをしているでしょうか。例えばその場にいる一番目上の人の動きを伺ってじゃんけんをしているでしょうか。

あるいは神輿を担ぐときはどうでしょう。この場合、たいてい誰か旗振り役や先導役がいるでしょう。しかし、「わっしょい」の掛け声や身体の動きは、旗振り役や他の誰かにあわせているでしょうか。

そうではありませんね。じゃんけんのときも神輿を担ぐときも、その場のテンポはもちろん意識しながら、全員が自立してリズムを生み出しているはずです。それが参加するということですね。まるで振り付けのわからない盆踊りに参加させられてしまったときように、誰かに聴いてあわせるようなことは絶対にしないのではないでしょうか。

ジャズの演奏も同じです。ビッグ・バンドであれ小編成のコンボであれ、カウントやイントロでテンポが決まったら、誰か(例えばリズム・セクション)にあわせて自分の音を決めるのではなく、じゃんけんや神輿のようにそれぞれが自立してリズムを生み出していくことが必要です。

そのためには、できるだけ譜面をさらっておくこと、また、楽器のスキルアップを行うことはもちろん重要ですが、アンサンブルのときは、できるスキルを最大限発揮して音楽に参加していくことが何よりも大切です。もし、振り付けのわからない盆踊りに参加するようなリズムの取り方をしているようならば、思い切って考え方を変えてみましょう。

テンポ・キープをすればするほどテンポは逃げていく

テンポをキープするためには、テンポ・キープを意識したらよいと、私は考えていました。このような考えにとらわれている人も決して少なくないでしょう。

確かに、どういうところで走ったり(テンポが速くなること)もたったり(テンポが遅くなること)するのか、原因を究明して練習で改善するという流れも効果的です。

しかし、演奏中テンポ・キープに集中するとかえって逆効果ということも少なくないように思います。つまりテンポがどんどん逃げていくのです。

私は、アンサンブルをよりよくするコツとして、演奏中は「否定形で考えるのではなく、肯定形で考えること」が大切だと考えています。例えば、

  • 「バンドに迷惑をかけない」→「アンサンブルに貢献する」

  • 「ミストーンをしない」→「よく歌う」

  • 「音が大きい(あるいは小さい)と言われない」→「ダイナミクスやアーティキュレーションを効果的に意識する」あるいは「楽器のコントロールするスキルを磨く」

このように、否定形で考えると内向的になりすぎて(内向的なことも大切ですが)、結果的にバンドに対してプラスに作用するという考えがどうしても弱くなりがちです。つまり、減点されないようにと考えるのではなく、どんどん加点されることを優先するのが重要だと思います。

テンポ・キープをしようと意識すると、それはすなわち「走らない」「もたらない」という否定形に通じがちです。そうではなく、「バンドをスイング(グルーヴ)させる」「バンドがいきいきさせる」「お客さんがつい踊りたくなるようにする」というように、肯定形で考え、加点されるような演奏するとよいと思います。

テンポが不安定ではスイングしないし、バンドのアンサンブルがぎくしゃくし、踊りにくいです。よって、スイングさせよう、バンドをいきいきさせよう、お客さんを踊らせようという強い意識が、結果的にテンポ・キープにつながると私は考えます。

レコードを聴いてみる

それでは、スイングさせるためには、バンドをいきいきさせるためには、お客さんがつい踊りたくなるような演奏をするには、具体的にどのようにしたらよいのでしょうか。そのためには、リズムのイメージをできるだけ明確かつ具体的に持つことです。

もし、ビッグ・バンドで演奏しているのであれば、参考音源を聴いてみましょう。参考音源がなければ、カウント・ベイシーでもデューク・エリントンでもウディ・ハーマンでもなんでも構いません。自分の好きなバンド、かっこいいと思うバンドの録音を聴いてみましょう。

なかには、思わず笑顔になってしまうほどご機嫌にスイングする曲もあるでしょう。あるいは、思わず聞き惚れてしまうほどスロー・テンポのバラードにも絶妙なリズムのコントロールを聞き取ることができるはずです。

コンボでも同様です。ピアノ・トリオでもハード・バップの2管クインテットでも何でも構いません。自分の知っている曲を好きなアーティストがどのように演奏しているか、自分たちの演奏と比べていかにスイングしているか、また、管楽器や歌手がリズムに対してどのようにアプローチしているかを聴いてみましょう。

このように、できるだけ自然な音(高級オーディオである必要はありませんがスマホのスピーカーではまずいでしょう)で優れたレコード(ここでは録音という意味。デジタル音源でも何でも構いません)を聴く時間を意識的に取ると、そもそも、スウィングとは、心地よい音楽とは、自分が表現したいサウンドとは何かが、より明確かつ具体的にイメージできるようになるはずです。そして、曲のカウントやイントロが始まったら、その明確なイメージを持つ習慣をつけるのです。

個人練習における曲の練習や基礎練習の場合も同様です。イメージや目標が具体的であればあるほど、より効果的に上達し、またバンド全体に貢献することができるものと思います。また、練習で何に取り組むべき内容がより具体的に見えてくるという効果もあるはずです。

もちろん、初心者なのかベテランなのか、レベルやスキルによって取り組むべきこと、考えること少しずつ異なるのですが、テンポ・キープについて、少しでもお役に立てたならとても嬉しく思います。

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