コントラバスのケガ予防と演奏フォーム

こんにちは。名古屋でベースを弾いている吉岡直樹です。今日は、コントラバスの演奏フォームについて、おもにケガ予防という観点から私の考えをまとめます。

コントラバス奏者のなかには、きちんと先生についてレッスンを受けて音大で学んだかたもあれば、こつこつ独学で学ばれたかたもいらっしゃいます。

私は、今は名古屋で演奏活動をしていますが、出身は北海道函館市です。道都札幌まで高速バスで6時間弱、JRの特急で約3時間半、対岸の青森市までも船で4時間、新幹線を使っても前後のアクセスを考えると約2時間という位置関係です。私がベースを始めたのは名古屋に住むようになってからですが、仮に函館で始めていたとしても、充実したベースのレッスンを受けるどころか、楽器の購入や調整すらままならない厳しい環境のなかで取り組まざるを得なかったといえるでしょう。そのような厳しい環境でも、音楽とコントラバスを愛し、日々努力され、さまざまなジャンルでクリエイティブな活動を勢力的に行っているベーシストが全国津々浦々たくさんいらっしゃいます。プロアマ問わず、心から敬意をささげます。

いっぽうで、心配もあります。それは、身体的な不調を抱えたまま演奏活動をしているベース奏者が少なからずいることです。指、手首、腕、肩、腰、首など、様々な部位に痛みを抱え、場合によっては日常生活に支障をきたすほどダメージを抱えているかたも何人か存じ上げています。私の日頃考えていることが少しでもお役に立てればという思いで本稿を書きます。


演奏フォームの3つの役割

コントラバスは弦楽器の中でも特に大きな楽器で、人間が楽に弾くにはやや大きすぎるように私は考えています。したがって、この楽器の演奏フォームの習得には3つの意義があると考えます。

1つ目は、オーディエンスやメンバーにしっかり届く、よりクリアな音色を実現するためです。アナウンサーや舞台俳優に例えるならば、声が通りやすく、かつ滑舌がよいということでしょうか。

2つ目は、より正確かつ楽に演奏できることです。ピッチ、リズムの正確さや、アーティキュレーションのような様々な音楽的表現も、演奏フォームが大きな土台となっていると考えます。スポーツ選手がフォームを改善して記録が伸びることがあるようですが、楽器の場合もより速く正確な演奏が実現できるだけでなく、より音楽に集中でき、またまわりの音もより聞こえやすくなるという側面があります。即興音楽であるジャズを演奏する上では見逃せないメリットといえるでしょう。

3つ目が、怪我を予防するためです。合理的な身体の使い方は、様々な部位への負担を軽減します。コントラバスは、もっとも図体が大きく、また弦の張力も大きいですから左手の力も必要ですし、アルコを使う場合も、ジャズのようなピッツィカートであっても、右手(右腕)の力もある程度必要になってきます。しかし、決して力任せに弾いたのではすぐにばててしまいますし、身体も壊してしまいます。したがって、最小限の力で最大限の効果が発揮できるよう合理的な身体の使い方をすることが大切なのですが、そのためには、演奏フォームの習得が重要になってきます。

演奏フォームの考え方―左手を手がかりに

それでは、コントラバスの演奏フォームとは具体的にどのようなものなのでしょうか。すべてを網羅するにはそれこそ教則本が書けるほどの分量になるので、本稿でそのようなことはしませんが、ここでは、左手(左腕)を一例にして、演奏フォームの重要性についてお伝えできればと思います。

左手の指の間隔

コントラバスのフォームでもっとも有名なものの1つに、「左手の中指と薬指をくっつける」というものがあります。

私は必ずしも完全にくっつける必要はないと考えていますが、ローポジションにおいて近接させなければいけないことは確かです。

そして、中指と薬指をくっつける(近接させる)目的は、正確なピッチで演奏することです。つまり、左手をリラックスした状態では、ふつう、人差し指から小指までがほぼ等間隔で並びます。ところが、コントラバスのローポジションでは、人差し指、中指、小指で音を作る(「見えないフレット」を押さえる)ので、これら3本の指先を等間隔にする必要があります。ただ漫然と左手で押さえると、中指と小指の間隔と比べて、人差し指と中指の間隔のほうが明らかに狭くなります。そのようにならないために、中指と薬指とくっつけ(近接させ)て、人差し指と中指、中指と小指の間隔がほぼ等間隔にする(厳密には前者のほうがやや広くする)ようにするのです。

この習慣を身につけるには、相当程度の根気と時間が必要です。なぜならば、演奏フォームを身につけることには、「注意していないとつい元の悪いフォームに戻ってしまう」状態から、「注意していないと、つい正しいフォームで弾いてしまう」状態まで持っていくことだからです。

しかし、この左手の形はもっともよく知られた演奏フォームであるにもかかわらず、多くの独学のベーシストは習得する前にこの取り組みをやめてしまいがちです。なぜなら、左手の指の間隔を適正にしただけでは、ピッチの問題のすべてを解決するには至らないからです。いくら左手の形が完璧であったとしてもシフティング(ポジション移動)が正確でなければ元も子もありません。また、詳しくは書きませんが、例えばG線で左手の形を習得しても、ほかの3弦で同様にできるようになるとも限りません。

左指のアーチ

左手の指の間隔は、他の技術とともに正確なピッチかつクリアな音色で演奏するためには不可欠だとして、それが、怪我の防止につながるのでしょうか。

左手の形は、単に中指と薬指をくっつければ(近接させれば)ハイそれでおしまい、というわけにはいきません。人差し指、中指、小指の指先で正しいピッチを得るためには、それぞれの指先がほぼ等間隔で、一直線に並ぶ必要があります。

そのためには、手の大きさによっては人差し指をやや上に持っていく意識も重要ですが、それに加え、指のアーチがとても重要です。つまり、左手のそれぞれの指をしっかりと曲げておくのです。

左手の指(この場合、人差し指から小指まで)をしっかり曲げる理由には2つあります。

理由の1つ目は、正しいピッチを得るためです。指の長さはそれぞれ異なりますが、弦は直線に張られているので、3本の指先をほぼ等間隔にし、かつ4本の指先(薬指も小指とともに弦を押さえます)が一直線上に並べる必要があるのですが、そのために、それぞれの指を適切に曲げてアーチを作る必要があります。

そして理由の2つ目は、クリアでよく通る音色を得ると同時に、身体を傷めないためです。人差し指から小指までの4本の指のうち、もっとも短くて力が弱いのは小指です。したがって、左手の形に十分な注意を払わずに演奏すると、他の指と比べて小指が伸びたまま(つまり関節を曲げずに)弦を押さえることになります。このままでは、小指の関節に大きな負荷がかかりすぎるので、やがて左手小指の第一関節、第二関節、あるいは付け根の関節のあたりが痛みだしてくることがあります。これはレッドシグナルで、すぐにもフォームの改善をしなくてはいけない状態です。このような方、意外と多くいらっしゃるのではないでしょうか。

鉄棒をするとき(順手、逆手のどちらでも)、あるいは走行中のバス車内に立っていて棒につかまるとき、あるいは憎い誰かをつねるとき、すべての指の関節は曲がっているはずです。なぜなら、関節が1つでも延びていると十分な力で握ったりつねったりできないからです。コントラバスの弦を押さえることは、この応用です。ギターのように弦高が低く張力も弱く指板が平面な楽器ならまだよいのでしょうが、コントラバスのような楽器では、左手の指のアーチをひとつずつしっかり作って、弦を指板方向に対して垂直に押さえることが必要です(なぜ垂直に押さえるべきかは、数学のベクトルを考えるとよいでしょう)。もし指のアーチが十分でないまま力任せに弦を押さえようとすると、その力は、弦を押さえるためではなく、伸びている関節への負担となって消費されます。このような演奏を続けていると、伸ばしがちな関節は徐々に痛むようになっていきます。

左手親指の関節と向き

左手親指の第一関節や付け根(第二関節)に痛みを感じている方もいるかと思います。これも、親指の関節が内側に曲がるのではなく、伸ばしていること、というよりもむしろ反っていることが原因です。

ものを握ったり誰かをつねったりするときの親指の形を観察してみると、すべての関節が内側に曲がっていることがわかります。親指を反らせたまま鉄棒で逆上がりするのは無理に近いでしょう。したがって、親指の関節はわずかに内側に曲げて押さえるのが合理的です。

また、左手親指の向きも重要です。たまに親指がネック方向(上向き)になっている方がいますが、これは、ネック(あるいは弦)に対して垂直、すなわち横向きにするのが正しいフォームとされています。その理由のひとつとして、親指が上向きだと、シフト・アップ(駒方向へのポジション移動)には支障がありませんが、シフト・ダウンの際に親指がつっかえ棒のようになってシフティングしにくいから、と説明されます。

加えて、親指は中指と向き合う位置がよいとされています(正確には中指のやや下のあたり)。このことも、ものを握ったり誰かをつねったりするときの親指の位置関係から説明がつきます。親指の関節を伸ばしたり反らせたりしたまま演奏すると、負担の大半を親指の関節が引き受けて、その蓄積で痛みを起こすと考えられます。

手首の痛み―左腕全体で考える

これまで、左手のフォームについて簡単に説明してみました。左手の人差し指から小指までがきちんとアーチを描いていること、そして、親指は関節をわずかに曲げてネックと垂直の向きで中指と整体していることが正しい左手のフォームです。

ところが、実際に初心者にこのフォームを教えたり、あるいは経験者のフォームをこの通りに改善しようとしても、あっち立てばこっちが立たずのシーソーゲームのようになってしまってなかなかうまくいかないことがありました。

これは、左手のフォームを左手だけの問題として捉えていたのが原因です。左手のフォームは、左肩から先まで、左腕全体の問題として捉える必要があるのです。

左手手首に慢性的な痛みを抱えているベーシストも少なくないでしょう。まずは安静にすることが大切ですが、私の指導経験からいえることとして、左手首の痛みは、左腕全体のフォームを改善することでかなり解消されるます。該当する方は以下をしっかり読んで実践されることをおすすめします。

ハイン・ヴァン・デ・ヘイン氏の教則本によれば、左肘から親指以外の各指の第2関節まで、一直線になるようにすることが正しい姿勢だそうです。私は、指の付け根の関節もできるだけわずかに曲がっているのがよいと考えるので、左肘から手の甲までを一直線になるようにするのが正しいと考えますが、いずれにしても大切なことは、このような姿勢をとって手首が真っ直ぐな状態を保ったまま演奏することです。

左前腕部の、肘からこぶし1つくらいのあたりを右手で軽く掴んで左手の指を動かしてみると、前腕部の掴んでいるあたりが動くことが分かるでしょう。デ・ヘイン氏によれば、指先からつながる筋は手首を通ってこのあたりまで通じており、手首を曲げたまま指を動かし続けるとこれらの筋が手首のあたりで妨げられて痛みを起こすとのことです。

実際、手首をまっすぐ伸ばしたまま演奏しようとしても意外に難しく、すぐに手首が曲がってしまうことが分かるでしょう。G弦やD弦を演奏するぶんにはまだよいのですが、A弦やE弦を抑えようとすると手首が曲がりがちです。これは移弦の動きに問題があるからです。移弦は、左手で行うのではなく、左肘から手の甲を一体に保ったまま、左腕全体で行う必要があるのです。この動きの習得には鏡の前で根気よくトレーニングする以外に方法はないのですが、怪我防止のためにも習得しない手はないでしょう。

正しいフォームはケガ防止に役立つ

以上から、コントラバスの奏法を話題にするときの「左手」という言葉は、実際のところ、肩から先、「左腕」全体を示す概念に近いことが理解できたことと思います。

そして、このような演奏フォームや動きを身につけることで、弦を最低限の力と動きで指板に押さえつけることができるので、素早い動きが可能になるばかりか、音色がクリアになるという効果が期待できます。

また、適切な身体の使い方はこのような楽器の演奏技術向上に加えて、ケガの予防にも大いに役立つことも理解していただけたのではないかと思います。

今回は、左腕の問題を扱いましたが、左腕に関してはロー・ポジションに加えて、ネックの付け根のあたりのポジション、そして親指ポジションでそれぞれ適切な動きやフォームを習得する必要があります。

また、右腕(ボウイングやピッツィカート)の動き、そして全身の構え方などを適切なものにすることで、右手右腕や、腰、首、肩の痛みの予防に大いに役立つと考えます。

生涯に渡って演奏を楽しむために

音楽は生涯に渡って楽しむことのできるすばらしい活動だと考えます。そのためには、頭と身体が柔らかいキャリアの早い段階で、適切な身体の使い方をマスターしておくことが大きなアドバンテージになると考えます。

また中高生は、部活動などを通じて長時間集中してベースという楽器に向き合う傾向がありますが、無理な姿勢のまま努力しても成果が期待できないばかりか、身体を壊してしまうリスクさえあります。

大学生や専門学校生くらいになれば、もうもう「大人」なのですから自分の身体のケアについて責任を持つのは当然として、中高生の保護者の方はもちろん、部活動の指導者の方も、このあたりのことをもっと真剣に理解し、必要な対策を考える責任があります。

中高生ベーシストの保護者や指導者に問います。音楽をする上では社会性に加え、自主性はとても重要なことです。しかし、自主性の名のもとに、本人の工夫や意欲だけに頼り切っていないでしょうか。専門家による定期的な指導は、音楽の向上のみならず演奏者の身体を守るためにも必要なことではないでしょうか。

また、大学生や社会人のベース奏者に問います。若いうちはお金がないものです(私もそうでした)。しかし、音楽やこの楽器が好きで生涯に渡って楽しむためには、体力と時間に恵まれた今のうちにきちんとした技術や知識を少しでもものにしておくことが大切ではないでしょうか。

格闘技やスカイダイビングのような危険なスポーツを独力で学ぼうとはしないでしょう。コントラバスは、そこまで危険を伴うものではありませんが、無理な姿勢で長い時間取り組むと日常生活に支障を起こすほどの身体の不調を引き起こす可能性があることだけはきちんと理解しておくほうがよいと思います。

本稿は、プロアマ問わず、一人でも多くの音楽やコントラバスを愛する人が生涯に渡って音楽を楽しむことができるようにという切なる願い、それに自戒を込めて綴りました。少しでも皆さまのお役に立てれば幸いです。


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