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映画 ハンモック短評(岸建太朗監督)

「僕はそこへ行ったことがあるんだ。パレスチナのヘブロンという街に」

まるで叙事詩の冒頭のような美しい台詞からはじまる本作は、30分という短い時間の中に、実に様々なテーマを織り込んだ作品である。

「種をまく人(竹内洋介監督)」で、主演男優賞を受賞し、また撮影監督を同時につとめた岸建太朗氏。

自身の取材と私体験をもとに本作を醸成し、メガホンを取っている。

しかしながら、本作は単に、岸監督の体験を濾過しただけの映像ではない。生と死、過去と未来、民族感情の違いなどといった、複雑かつ表現が難しいテーマを見事に昇華している。 

世界的な信徒をほこるユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地であるエルサレム。

人々は互いの信じる神を尊び、譲り合いながら穏やかに暮らしている。しかしながら、国家という集団の意思は、全ての人にとって尊いはずの場所に、高い壁を築き上げ、幾度となく紛争を引き起こしてきた。

本作の冒頭から流れるカメラマンのケンタロウが写した映像は、極めて対照的である。様々な嘆きや政治的プロパガンダが殴り書きされた高い壁、そして屈託なく笑う子供たち。そして、ケンタロウは、その矛盾の全てを写しきることなく、志半ばで凶弾に倒れてしまう。

それなのに、凶弾に倒れたケンタロウにつながる人たちの姿は、とても平和的だ。新しい生活を踏み出そうとするケンタロウの妻、そしてケンタロウの妻を未来へ送り出す義母。

息子を失い、いまだ悲しみが癒えないであろう辛い心の内をぶつけることなく、義理の娘を実の娘のようにいたわるケンタロウの母の姿は胸に詰まる。

余談だが、義母を演じた岸カヲル氏は、岸監督の実母であり、竹内洋介監督の「種をまく人」でも、息子が孫を殺害した容疑をかけられるという難しい役どころを演じた天性の女優でもある。

死へ旅立ったケンタロウを通してつながっていくそれぞれの心。
ネタバレになるので詳しくは書かないが、遺品や、子供たちが仏壇に線香を供える作法を教えあう姿を効果的に用いて、違うルーツを持つ人間が未来を模索して生きていく姿を描きあげていく様は。圧巻である。

単に、演者の心がつながる心象風景を描くにとどまっていないのも素晴らしい。本作のテーマの大きなテーマでもある「対立と壁」そして壁を壊して理解しあうために譲歩する勇気を表現するのに成功しているように思う。

物語の終盤、未来を想起してほほえむケンタロウの妻の笑顔は美しい。

劇場でぜひご自分の目で確かめていただきたい。本作の中で述べられているとおり、幸福な未来は、私たちが理解し、譲歩し、模索する中から生まれてくるに違いない。

大阪シネリーブル梅田で
3月10日16時
3月14日11時50から上映