妄想百人一首(31)
『電話の後』
『いや、えっとね………………』
長い間。長かったと思う。実際は三秒とかかも知れないけど、長かった。
『二人暮らしをするためっていうのと、』
何度反芻しても「ふた」りに聞こえる。脳内でぐるぐるしたくらいで「ひと」りにはならないし聞こえもしない。
『二人暮らしをするためっていうのと、』
男?女?
女性ならあの間はなんですか?何を言い淀んだんですか?男なら……嫌だけど望みはあるけど何ですか、同棲って言い辛かったんですか?
聞けるわけがない。聞けたら無意味な問答は繰り広がらない。聞けないから脳内に同じ質問が何十回もこだまする。せめて
『いや、えっとね………………』
の長い間が無ければサラッと「彼氏ですか?あっ、彼女ですか?」
聞けるわけがない。聞けるほど仲良くはないし、図太くもなれない。頼りになる先輩と思ってると思われている自信がある。実際頼りになるし頼ってるし、でも違うんですよ。電話して声聴いて喋るための口実なんです。
言えるわけがない。これを呑み込みさえすれば可愛い後輩で居続けられる。可愛い後輩で居れば年に一回くらい適当な理由で電話しても快く話を聞いてくれる。良い先輩だ。
良い先輩じゃないか。それに応えて良い荒廃で居る。それで良いじゃないか。元々可能性は低かった。3%が0.1%になっただけじゃないか。手を繋いだり髪をいじったり頬をつねったり鼻をつまんだり出来ないだけ。
それだけなんだけどさあ。触りたいってだけが叶わないだけなんだけどさあ。
『二人暮らしをするためっていうのと、』
いいなあ。いいなあ。いやでも、
『いや、えっとね………………』
ないなあ。ないなあ。
今回の一首
かくとだにえやは伊吹のさしも草さしも知らじな燃ゆる思ひを
この歌について
三十六歌仙の一人、藤原実方朝臣が意中の女性に初めて送った歌で、
「これほど想っていることさえ言えません。まして、伊吹山のさしも草(ヨモギ)ではないけれど、それほどまでに燃える私の想いはご存知ないでしょう」
という意味。
倒置や掛詞を多様する技巧的な歌でありながら、言っていることはシンプルで真っ直ぐ、清少納言に負けじと詠んだらしい。
あとがき
実話!?
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