第2話「あの輝きを、現に」

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「むっくっくっくっくっくるーっ!」
 ――野生のムックルが現れた!

 むくどりポケモン、ムックル。
 その分類と名前の通り、ずんぐりむっくりとしたムクドリのような姿のポケモンである。
「嘘でしょ……」
 アカリは実際に目の前にポケモンがいるという現実に、再び混乱を取り戻しつつあった。
「むっくっくっくっくっくるーっ!」
 けたたましい“なきごえ”を執拗しつように響かせるムックルを前に、アカリの気力はがくーんと下がった。
「……!」
 その時、アカリの視界の隅でタマゴが揺れた。
 中から音が聞こえてくる!
「……生まれるまで、……もうちょっと……かな……」
 アカリが無意識に記憶の中のテキストを口にした時。
「むっくっくっくっくっくるーっ!」
 ムックルが鳴き声を上げ、飛んで来た。アカリに向かって体全体でぶつかって来ようとしている。
「やっ!」
 小さな悲鳴を上げ、アカリは目をつむり、何かの弾け飛ぶ音を聞いた。
「…………?」
 なんともない。
 アカリの体はなんともなかった。
 ゆっくりとアカリは目を開ける。
 べんぱつのように立ったオレンジ色の体毛、アカリとおそろいの肌色をした大きな耳、可愛いお尻に灯る小さな火の尾。
 そこには、もう何度も。何度も何度も何度も何度も見て来た、小さな頼もしい背中があった。
「ひいーぃ!」
「ヒコザル……」
 わずかに声を裏返し、声も心も震わせて、アカリはつぶやく。
「ひいーぃ!」
 振り向いた目の前のポケモンが、ヒコザルが、返事をした。

 こざるポケモン、ヒコザル。
 アカリが初めて一緒に冒険したのと同じ、あのポケモン。いくつもの地方を旅した中で、何度も出会って育てたポケモン。いくつものグッズを買い集めて、一緒に日々を暮らしてきたポケモン。
「ヒコザルー!」
「ひいーぃ!」
 ヒコザルは返事をすると、すぐに前へと向き直った。
 アカリは今すぐにでも駆け寄って抱きしめたい気持ちを抑え、前を見据える。今は目の前のムックルをなんとかしなくちゃいけない。
「……ヒコザル! ひっかく!」
「ひいーぃ!」
 ヒコザルはアカリの指示に答えるように鳴くと、ムックルに向かって行き“ひっかく”!
「むっくっくっくっくっくるーっ!」
 ムックルは悲鳴のように鳴き声を上げると、すぐに反撃の“たいあたり”を繰り出した。
 そこから始まる、ヒコザルとムックルの技の応酬。二度目の“ひっかく”を受けたムックルが“なきごえ”でヒコザルの気を引き攻撃を下げるが、このレベル差ではダメージに影響しない。ヒコザルは平然とムックルを“ひっかく”!
「がんばって……ヒコザル……」
 アカリがつぶやく目の前で、三度目の“たいあたり”がヒコザルを襲う。
「ひいーぃ!」
 しかしヒコザルも負けない! 懸命に手を振るいムックルを“ひっかく”!
「お願い……!」
 アカリが右手を左手でぎゅっと握り、祈るように小さく声援を送る。
 その目の前で繰り出される、ムックルの“たいあたり”!
「ひいーぃ……」
 ヒコザルはふらりとよろめき鳴いたかと思うと、地面に倒れた。
「ヒコザル……? 嘘……。やだ……」
 アカリは目の前がまっくらになった。
「むっくっくっくっくっくるーっ!」
 勝ち誇ったようにムックルが鳴き、その“するどいめ”がアカリに向く。
「ヤ、バ……」
 アカリは震える足をもつれさせながら走り、ヒコザルを抱き上げる。
「大丈夫だから、大丈夫だから」
 自分に言い聞かせるようにそう呟いて、疲れて動けなくなったひんしのヒコザルをかばいながら、アカリは急いでムックルから逃げる。
「はぁっ、はぁっ」
 木々に囲まれた湖を飛び出し、視界が開ける。
 震えながら振り向くと、ムックルは追って来てはいなかった。
「よかったぁ……」
 その場にへたり込んで顔を上げたアカリの目に、看板の文字が映りこむ。
――この先 シンジ湖 (心情湖)
  気持ちを 表す 湖――
「……」
 もう、疑う余地はなかった。
 ここは、シンオウ地方。
 ――ポケットモンスターの世界。


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