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【短編】パスポート量販店


 ある日、B氏は街で珍しい店を見つけた。

 店の看板には『パスポート量販店』と書かれてある。B氏は物珍しさに、店内を覗いてみることにした。


 店内はちょうどコンビニくらいの広さ。客が一人もいないせいか、やけに寂しく感じる。蛍光灯は切れかかっているのか、点滅していて非常に目が痛い。長い商品棚が2つ並んであり、壁際には商品を置けるようなでっぱりがあった。

 温泉の番頭台のようにレジがあり、そこに髪の毛を伸ばし切った初老の男が、背もたれのある椅子に座っていた。

 髪だけでなく髭も睫毛も手入れさていないようで、目を開けているのか、口を開けているのかもわからない。生地の薄い服を着ており、丸めた背中の形がくっきりと見えた。

 おかしな店だと思い、B氏は男に聞いてみた。

「ここは何の店ですか」

「表の看板にある通りです。ここではパスポートを商売しております」

 男は商品棚の方を指差す。棚には、まるで携帯電話を飾るように何枚ものカードが置かれていた。

「しかし、それは変じゃないか。パスポートとは正式な窓口で申請するものだ。そんなものを販売するのは、認められていないはずだ」

「そんなちんけな物ではありませんよ。あなたの言うパスポートは、海外に行けるだけの紙切れです」

 男は言う。

「ここで売られているパスポートを持っていれば、どこへでも行けるんですよ。海外だけではありません。それこそ、ここではない別の世界へも行くことが出来ます」

 男は腰を上げ、棚に並べられているパスポートを3枚ほど手にしてB氏に見せた。それぞれには『レストラン・一年』、『立ち入り禁止・七日』、
『物語の世界・2年』と書かれてある。

「レストランのパスポートは、この国のレストランであれば、どこでも使うことが出来ます。店員に見せれば料理を好きなだけ注文出来て、料金も掛かりません」

「この、立ち入り禁止、と言うのは?」

「そこの関係者しか入れない区画などがあるでしょう。通常では入れませんが、警備員に見せれば快く中へ入れてくれます」

「荒野の世界とは?」

「世の中には小説であったりドラマであったり、様々な物語があるでしょう。その物語の世界に入ることが出来ます」

「そんなこと出来るわけがない」

 B氏は腕を組み、男に疑いの目を向けた。

 どのパスポートも非現実的だった。世界中のレストランで使えるパスポートも、入れない区画に入れるパスポートもありえない。そこに異次元に行くパスポートと来れば、信用できる要素がまるでなかった。

「出来るんですよ、このパスポートを持っていれば」

 B氏の疑いに対して、男は揺らぐことなく断言する。

「お試し期間というものがございます。この中から一つ、無償でお持ち帰り下さい。お気に召しませんでしたら別のものと取り替えます」

「良いのか?」

「構いません。パスポートの効果に納得した後で、購入して頂ければと思います」

 男は妙に自信有り気だった。

 そこまで言われれば、貰って帰らない訳にもいかない。B氏はレストランのパスポートを選び、店を後にした。


 翌日。仕事帰りにレストランに立ち寄ることにした。男の言った通りなら、このパスポートを店員に見せるだけでいいはずだ。

 入店のチャイムを聞きつけた店員が厨房から出てくる。

「何名様でしょうか」

「一人だ」

 そこでB氏は懐から『レストラン』のパスポートを取り出して見せた。

 店員は一瞬驚いた顔を見せたが、すぐに気を取り直した様子で、「こちらへ」とB氏を席に案内した。店員はメニューをB氏に渡すと、

「こちらの料理を、お好きなだけご注文ください」

 B氏は目を丸くした。

「好きなだけ、とは」

「お客様はパスポートをお持ちでした。料理は全て無料で提供させていただきます」

 それだけ言い、店員は厨房へと帰って行った。

 男は驚くほかなかった。

 料理はいくらでも注文できる上に全て無料。食事を終えてレストランから出たB氏は、足早に男の店へ向かった。

 男はやはり、レジの椅子に腰かけていた。

「いかがでしたか?」

 その声は、全てを理解しているような、そんな雰囲気をしていた。

「あぁ、お前の言う通りだった。しかし、これだけで信じるわけにもいかない。他のパスポートを試してもいいか」

「ええ、どうぞ。気になるものをお選びください」

 男は快くそう言った。

 B氏は、今度は『立ち入り禁止』のパスポートを選んだ。



 翌日、通勤前にアパートの建設現場を訪れた。もちろん、B氏とは何の関係もないところだ。入り口前には、大きく『関係者以外立ち入り禁止』のお看板が掲げられている。

 その側に警備員らしき青年が立っていた。B氏は青年に近づいた。

「あぁ、おはようございます。今アパートの建設中でして、関係者以外は入ることが出来ないんですよ」

 青年は笑顔で、事務的にそう言った。

 B氏は徐に、懐から『立ち入り禁止』のパスポートを取り出した。

 それを見た青年は途端に表情を変え、

「パスポートを持っておられるのですね。どうぞ、ご自由に出入りしてください」

 そう言ってB氏に道を開けた。

 B氏が建設現場の中に入ると、大柄な建築士たちがあくせくと働いていた。彼らの視界にはB氏がいるはずだが、それを咎めることはない。


 仕事終わりにB氏は、またまた男の店に向かった。

 B氏が来たことに気づいた男は、満足そうに頷いた。

「素晴らしいでしょう、うちのパスポートは」

 B氏はパスポートの力を認めざるを得なかった。しかし、簡単に認めるのはどうにも癪に障った。

「ああ、確かに素晴らしい。だが、まだ認められない。俺の行く先をお前が知っていて、事前に店員や警備員と打ち合わせしていたとも限らない」

「それでは、こちらをお試しください」

 疑うB氏に、男はまた新しいパスポートを渡した。それには『物語の世界』と書かれている。

「お眠りになられる前に、お好きな本の上にこれを置いてください。目が覚めたら、その物語の舞台に、あなたは立っているでしょう」

 お代は結構です、と男はパスポートをB氏に握らせた。


 その日の夜。B氏は男に言われたとおり、愛読していた小説の上にパスポートを置いて布団にもぐった。

 馬鹿馬鹿しい。物語の中に入るなんて、あり得ない。

「あり得ない」

 自分に言い聞かせるように呟き、B氏は眠りについた。

 次にB氏が目覚めたとき、そこが自宅でないことに驚愕した。B氏の家はコンクリートのマンションのはずである。しかし、今B氏が目にしているのは、明らかに木材で作られた壁と天井だった。

 丸い木材を積み重ねたような壁は、どこか川沿いの別荘が思い描かれる。小さな箪笥の上には写真立てや可愛らしい置物がある。カーテンを開けると温かな日差しが入り込み、室内を明るく照らす。窓を開けると雄大な山々がいくつもの連なりを見せ、眼下に流れる川は静かに流れていた。

 そこまでなら、まだ現実味がある。しかし、澄んだ青空を見上げたとき、ここが非現実の世界だと認識した。

 大空には巨大な鳥らしきものが、その両翼で空を切っていた。鳥らしきものは一気に下降し、B氏の近くにある河原に降り立った。近くで見るとよくわかる。それは、竜だった。竜は川の水を口にし、のどの渇きを潤している。

 そこは、まさにB氏が愛読していた小説の世界だった。もう、パスポートの力を信じる他なかった。



 翌日。B氏が目覚めると、小説の世界から自宅の布団へと戻ってきていた。

 素早く身支度を整え、B氏は男の店へと向かった。

「いかがでしたか?」

 開口一番、男はB氏に尋ねた。

「すまなかった。このパスポートを持っていれば、本当にどこへでも行けるんだな」

「いえいえ。信用を得ることも、商う者の役目ですから」

 男は優しい声音でそう言った。

 B氏は今までの非礼を詫び、

「パスポートの効力はよく理解した。ここのパスポートを買わせてもらう」

 と気に入ったパスポートを購入し、店を後にした。




 数日後。B氏は再び男の店を訪れた。

「おや、ずいぶん慌てているご様子で。どうかなさいましたか?」

 男はいつものようにレジ裏で、背もたれのある椅子に座っていた。
 しかし、B氏には男の容姿を気に留める余裕はない。遠くに誰かの怒鳴り声やパトカーのサイレンが聞こえた。

「どうもこうもない。『立ち入り禁止』のパスポートで病院の薬品室を漁っていたら、快く入れてくれた警備員が急に怒鳴り出したんだ。追ってくるものだから『他人の家』のパスポートでどなたかの家に隠れていたら、その10分後には泥棒だと疑われて警察に連絡された。どうなっているんだ」

 慌てるB氏と対照的に、男は冷静に応えた。

「当然でしょう。パスポートには有効期限がございます。有効期限が切れた時点で効果は失われてしまいます。それだけではありませんか」

 男の言葉に、B氏は唖然とした。

 パトカーのサイレンが、店の前で鳴りやんだ。



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見出し画像には、『出雲千代』さんのイラストをお借りしました!

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