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「本は人を豊かにする」 佐藤正午『月の満ち欠け』を読んで

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はじめに

今回は、佐藤正午さんの『月の満ち欠け』の読書メモです。
 突然ですが、こんな短歌をご存知でしょうか。

 みづからは 半人半馬 降るものは
  珊瑚の雨と 碧瑠璃の雨 

 これは与謝野晶子が読んだものです。僕が高校生の頃、課題で「君死にたまふこと勿れ」についてのミニレポートを書いたときに、「高校生に与謝野晶子が分かるのか!それならこの歌は?」と、当時の現代文の先生から教わったものでした。

 久しぶりにこの短歌を思い出し、調べ物をしていたところ、『月の満ち欠け』に出会いました。しかし、この小説は読む前から謎がたくさんありました。
 まず、この小説が岩波文庫であるという点。書店員として勉強不足ですが、「岩波」と言われれば小説よりも学術書、さらに学術書の中でも後世に名を残している書籍というイメージでした。
 そして、「岩波」で直木賞受賞作である点。「岩波」で直木賞?イメージが無かったのも当然、この作品が岩波初の直木賞作品でした。
 読む前から謎が深まる一方でどうしても読みたいと思った僕は、職場に平積みにされていた本を手に取りました。

https://www.iwanami.co.jp/book/b477707.html

あらすじ

 あたしは、月のように死んで、生まれ変わる―この七歳の娘が、いまは亡き我が子?いまは亡き妻?いまは亡き恋人?そうでないなら、はたしてこの子は何者なのか?三人の男と一人の女の、三十余年におよぶ人生、その過ぎし日々が交錯し、幾重にも織り込まれてゆく、この数奇なる愛の軌跡。第157回直木賞受賞作。(Google Booksより)

感想

▷本の感想

 ミステリー風の恋愛小説という感じ。生まれかわって前世の恋人に会いに行くという話なので、時系列をまとめながら読まなければ頭が混乱してしまう気がします。でも、この時系列を整理できると物語がより重層的になり、話が深く、面白くなっていきました。
 (同じ名前の人が複数人出てくるので、これはどの人??ってなる可能性もあります。)


 普段は恋愛小説を読まないので、とても新鮮な感じがしました。ミステリー調でもあるので、甘ったるい恋愛ものという感じではなく、すらすらと読むことができました。
 あとは、日常の1カット1カットに共感できるものが含まれていたりするところも、読みやすいと感じた一つであるように思います。

「…あたしは、ときどき簡単な漢字がわからなくなる。こないだ命という漢字が書けなくてびっくりした。命、だよ。ふだんならさらさら書けるのに、あらたまって紙に書こうとしたらわからなくなった。考えてみたら、命って、命令の命とおなじ漢字なんだね、そのことにもびっくりした。これがほんとに命って漢字だった? そう思うことってない?」

 これ、気になる相手との別れ際になんとか話を繋げようとするために切り出した会話なんですけど、空回ってる気がして…その辺もいいなぁと思って読んでいました。
 そうかと思えば独特の言い回しなんかも多かったりして、著者の世界観に引っ張られていきました。

 作中でのテーマとなる「生まれかわり」や「前世」について、小説を通して信じたくなってしまうような文章力とストーリーになっていた点に、著者の佐藤正午さんの魅力を感じました。『月の満ち欠け』というタイトルになっているのも、作中での伏線回収がされています。そして、読む前の違和感だった岩波から出された理由もなんとなくわかった気がします。

▷本を通して

 君にちかふ 阿蘇の煙の絶ゆるとも
  萬葉集の 歌ほろぶとも

 これは作中でも出てくる吉井勇が詠んだ短歌です。僕はこの小説を読むまでこの歌を知らなかったですし、吉井勇も知りませんでした。しかし、この歌に出会い、さらに知人に吉井勇の他の歌も教えてもらいました。
 この歌を作中同様、自分の大事な局面で使うかと言われればそうではないと思いますが、この歌を知ることだけでもとても自分の人生が広がった気がします。
 あと、本作の主題でもある「生まれかわり」「前世」についても自分の中であり得るかもしれない、と思ったことは、後の僕の人生において意味を持つかもしません、作中の彼らのように。

 と、この本を通して改めて、「本を通して自分自身を豊かにする」というか、「本が自分を広げてくれる」というか、そのようなものを感じました。

 小説を読まずとも人は生きていけますし、それでいいと僕は思っているのですが、もし、誰かが、「一冊くらいは読みたい」「しかも、ただの暇つぶしではなく小説の面白さを知りたい」と言ってきたら、佐藤正午さんの作品を読んでほしいと思っています。

 これは、伊坂幸太郎さんのあとがきからの抜粋です。本を読まずとも生きていけますが、本を読むことで得られるものはとても多い。少なくとも僕はそうやって成長してきたつもりです。そして今回も、佐藤正午さんの小説を読んで色々なことを知り、考え、成長できたのではないかと思います。

 伊坂幸太郎さんもおすすめの佐藤正午さんの『月の満ち欠け』、ぜひ手に取ってみてください。


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