我々が目指す、『生涯フットボール』の始まり
まず自己紹介をさせてください。
僕は、genuine Football Academy代表を務めます
中山尚英(ナカヤマ ナオヒデ)
と申します。
よく父や友人と一緒に、三股町図書館前の広場で、サッカーをしたり、野球をしたりしていました。中学で熊本に行き、高校で宮崎に戻り、大学で東京に、卒業後は欧州へ。
そして今、立ち上げたこのスクールの拠点が、幼少期を過ごしたあの広場を拠点に展開できるこの感慨深さといったらもう、言葉にできないほどです。
身の程知らずの僕ですが、
この街で成し遂げたい、壮大で、強烈な思いとビジョンを、少し長めに書かせてもらっています。
めちゃくちゃ読んでみたい方は、じっくりと、
サクッと読みたい人は、目次に合わせて、太文字だけでも読んでくださると嬉しいです。
読みながら、ちょっとだけワクワクしてもらえたらと思います。
早速行きましよう、熱く。
なぜ、僕が、我々がこのスクールを立ち上げようと思ったか。
それは、僕より上手い地元宮崎の選手や友人たちが、
キャリアの中でサッカーを辞めていったり、
レベルの高いサッカーの環境や情報を求めて遠くにいくことを辞めてしまうことに、
すごく寂しさを覚えたことが、大きなきっかけです。
「なんでサッカーを続けないんだろう、僕より上手いのに。」
もちろん、家庭の問題や個人の問題もあるでしょう。
僕がそこにズカズカと意見する資格もなければ、そんな身分でもありません。
またはサッカーより魅力を感じたものがあったからかもしれない。
それはとても素敵なことです。
しかし、
サッカーを続けたいけど、
その人を取り巻く「何か」が不足していて、続けられない。
選択をする必要もないほど、サッカーを続ける魅力がない。
そんな人がとても多い気がして、「大人になった僕」は、その現状をなんとかしたいと、考え始めました。
選手たちだけでなく「見る」人、「支える」人が
「サッカーに魅力的に感じて、希望や可能性を見せられる文化」をこの街に築きたい。
なぜなら、少なくとも僕は、サッカーに魅せられ、サッカーを追求する過程で出会った人たちや繋がりは、僕を幸せにする者(もの)ばかりだったから。
「フットボール(サッカー)は人を、縦(その人のキャリア)にも横(人と人の繋がり)にも幸せにする」
僕はそう信じているし、
もっと多くの人に、「フットボールを追求する」面白さと、追求する過程で築いていく繋がりの尊さを感じてほしいのです。
僕は現状、この街には、「追求する」という点において、課題となる要素が2つあると考えます。
それは、
①宮崎の県民性と文化
②特定の分野に精通する人の少なさ
①宮崎の県民性と文化
宮崎の県民性は個人的にとても大好きです。
人や空気がのんびりしていて、とにかく温かい。
家族で、お隣さんで、手を取り合って、内側の環境を暖めてくれます。
この街にずっといられるほど居心地が良く、僕自身、帰省したら「このままずっとこんな感じでいたい」と思うほど、ゆっくりと時間が流れます。
それを生み出しているのは、いい意味でも悪い意味でも、内側で解決できる環境が整っているからです。
「ここにある仕事をすれば、外には出れないかもしれないけど、
ここで暮らす分には、十分に幸せ。」
これは、外に出てみて改めて感じたことです。
さらに、農業や伝統的な職業が多い分、各個人も代々引き継がれていくものに進路を決める人が多い。(これは決して悪いことだけではなく、地元や伝統を守る素晴らしい一面だと思います。)
その分、人や情報に新鮮さはなく、内側にとどまる傾向があるように思えます。
②特定の分野に精通する人の少なさ
これは、前述した①に関係するところがあるかもしれませんが、何かに精通しすぎているような人が圧倒的に少ないと思っています。
しかし、この雰囲気が乱れたり壊れてしまうのを恐れて、新しく歪なものや情報にめっぽう弱い。(両親が教師を務めており、2人も同様にそれを痛感しているようです。)「浅く広く」
何か特出した情報や人が少ない。
隣の人が知っていることは自分も知っているし、知らないことは知らない。
だから、フットボールの(にみならず)キャリアや情報に頭打ちがきて、それを打開しサポートできる人や情報がとにかく少ないのはないかと考えます。
何かを「追求する」ためには、
❶新しく特質した情報を興味深い姿勢で受け入れること
❷追求するために必要な情報を自分の領域に捉われず、「外」へ取りに行くこと
❸持ち帰って「自分のもの」にするために試行錯誤すること
この3つが最低条件だと僕は考えます。
これらを前提に、その2つの課題がある以上、
何かを追求するには難しい環境にあると思います。
こんなことを考え始めたのは、サッカーを追求したくて上京してからでした。
サッカーを辞めた「あいつら」をいい意味で後悔させてやろうと思ったことがきっかけでした。
そんな中、僕は、稀にそういう人や情報に出会うことができ(当時の僕自身の実力は、全く伴っていませんでした)、より高いレベルのサッカーを求めて上京、大学へ進学しました。
そこで感じたのは、
何かを「極めた人」が圧倒的に多く、それぞれの正義を貫いてでも、
特異でい続けている。
それがあらゆる分野で存在していて(もちろんフットボールに関しても)、
それぞれの特異質な2つのものがぶつかり、議論が生まれる。
そしてまた、新しい存在が生まれ、自らの「真」を貫く。
さらに、
何かを「追求しよう」と、
それらの情報を求めて、人が目まぐるしく移動する。
それが、とても面白くて、
僕はそんな「精通された情報や環境」に囲まれながら、
本当にたくさんのことを学び、成長を実感することができました。
決して、宮崎が持つゆったりとした文化を否定しているわけではありません。
しかし、「追求できるポイント」も、誰かが作ってあげるべきだと思うのです。
追求した先に得ることのできる奥深さや幸福は、
そこに留まる安心感と同じくらいかそれ以上のものを与えてくれる、
と考えているからです。
だから、僕は、
この街の良さを存分に発揮させながら、フットボールやフットボールを取り巻く分野に精通する人や情報が循環・融合させたい。
「フットボールを追求する過程で、洗練された情報を求める、
そしてまた、フットボールの奥深さを知り、生涯、フットボールを追求したくなる」
(選手やコーチに関わらず)
その前提として、
我々がまず、フットボールに「精通した存在」であり続けること。
これをこの街で実現できたら、、、
もう、想像しただけで、ワクワクしてきます。
そういった経緯で僕たちは、このスクールのビジョンを
『生涯フットボールの追求』
にしました。
僕たちの掲げる「生涯フットボール」は大きく2つの意味があります。
フットボールの外側を取り巻く街や人々、空気について
子供の頃から教えたい、「する」フットボールそのものの中身について
1
「大人も子供も、みんながフットボールに魅力を感じ、一生涯フットボールを追求する文化のある街=フットボールタウンを作ること。」
それは必ずしも「する」フットボールではなく、「見る」・「支える」フットボールがより洗練された形で根付いていくことです。
フットボールをしたことがなくたっていい。
全く違う競技をしている人でもいい。
通りすがりのおじいちゃん、おばあちゃんでもいい。
フットボールをするものが、より上手くなる為の情報や経験を求めて強烈なアクションを起こせる。
フットボールを見て、評価して、楽しめる。
フットボールを通じて、ご近所さんとのコミュニケーションが広がる。
年齢や立場の変化に伴って「フットボールへの携わり方」は変容していくけれど、
生涯を通して、それぞれの「フットボールの形」を追求し、楽しむ。
そこから生まれる人の繋がり、人のエネルギー、物、情報が活発に循環する街にしたい。
例え、プロ選手になれなくても、全く関係のない仕事に就いても、年齢に抗えず走れなくなってそれを見ること・支えることしかできなくなっても、この地を離れて暮らしていても、年に1度は集まってフットボールを介して夢中になれる、「集合場所」を持ち続けてほしい。
その中で、まず僕たちのファーストステップは、
子供たちにフットボールの魅力を伝えること。
楽しさに没頭する子供は、強烈なパワーと未来への可能性を秘めています。
そして、その子供たちを見る大人の心を元気にし、
何か、「また明日から頑張ろう」と思える活力を与えてくれます。
まずは、そんな子供たちに、フットボールの魅力を伝えたい。
街の住人や大人、いろんな人たちが
フットボールを楽しむ子供たちを見て、楽しくなって、人と人が繋がって、
そしてフットボールの奥深さや楽しさも同時に知ってくれたらと。
2
一生フットボールを楽しむためには、
フットボールをもっと、
頭で、
体で、
心で
知る必要があります。
なぜならフットボールは、
足が遅くても、
身長が低く、体が小さくても、
勝負はそこでは決まらないからであり、
これがフットボールの奥深さでもあるのです。
フットボールの最大の目的は、
①相手のゴールにボールを入れること
②ゴールを決めさせないこと
そして、①が②を上回ること。
その目的の中で、
サッカーは自分が持つものでプレーすることが許されていて、逆に自分が持つものでしかプレーできないのです。
(厳密には、どんなスポーツも体格やスピードに関係なくプレーする権利はあるが、その中でもフットボールは、「強さ」「速さ」「高さ」という身体的なアドバンテージが必ずしも選手としての評価ではなく、あくまでそれらは手段であり、現代において、身体的特徴はなくとも「良い選手」として名を連ねるフットボール選手は多くいる。)
自分が持っているものが何かを理解し、自分にとっての最適なフットボールは何かを知ること。
それを考える習慣を獲得すれば、フットボールが「生涯の友」になるはずです。
例えば、
『持っていないものが「速さ」』ではなく、
『「持っているものが「遅さ」もしくは「速くないこと」』になる、ということです。
「持っていないことを武器にできる」なら、年を追うことで失うものなど、何も怖くありません。
「誰でも出来る、追求できる」
これがフットボールを面白くし、フットボールがそれぞれにとって「生涯の友」になると、僕たちは信じています。
①数年後、大人も子供も、フットボールを「する人」も、「見る人」も、「支える人」も、フットボールに夢中になって楽しめる文化や街を作りたい。
②これから生涯を通してフットボールを楽しむための思考を獲得させ、フットボールが「生涯の友」になること。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
長々と、申し訳ありません。
いかがだったでしょうか。
今の我々ではまだまだ力不足ですが、そんな壮大なビジョンを掲げています。
賛同・共感してくださる皆様と一緒になって作り上げることができたらと強く希望しています。
フットボールに関わることならなんでも構いません。
皆様からのご意見、お悩みなど、ご入会に関わらず意見交換できたらと思って思っております。是非、DM等でご連絡ください。
入会のご相談は、当スクールの各SNSダイレクトメッセージ機能にて、
または
genuine.football0223@gmail.com
で承っております。
子供たちの送迎用に、毎週水曜15〜17時の間のみ、「8人乗りほどの大きめの車」を格安で貸し出して頂ける方を探しております。
ご検討、ご協力いただける方は、ご連絡頂けると幸いです。
genuine.football0223@gmail.com
090-3078-4114
代表 中山
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