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堕ちた憧れ・推敲版

尊敬する選手は后野《きみの》アリサ先輩です。

入部後の初顔合わせ、そう挨拶した時の想いは今も変わっていない。
私が中2の時、テレビの向こうで活躍する姿に一発で心を奪われ、この学校まで追いかけてきた。

「あ、あん、はっ、いい! すごいのぉ! この体位しゅきぃ!」

スマホ画面の中、あられもない格好で奇声を連発する姿。
胸も腿も、全身すっかりだぶついている。
まだアスリートのイメージはかろうじて保っているけれど、私が憧れた姿とは比べようもない。

目を背けたくなる。
そうでなくても涙で何度も視界が歪む。
それでも、全てをしっかり目にやきつけておきたい。
あの監督の命令だからではない、后野先輩が私たちを身を張って守ってくれていることを忘れないためにだ。

私たちが入ってきた時には、后野先輩は監督の奴隷にされていた。
昨年の顛末は2年生の先輩がこっそり教えてくれた。
この名門チームのおぞましい実態も。

「どうして、后野先輩が! どうして一緒に戦い抜いてあげられなかったんですか!」
感情に任せて先輩たちにまで食ってかかった。
私がその時いたなら。
何ができたとも思えないけれど、少なくとも最後まで先輩を見捨てはしなかったのに。

「そうは言ってもさぁ、カナ、あれはもうダメだよ」
ベッドで丸まりながら、自分のスマホで同じ配信を視聴していた心咲《みさ》が言う。
「見なよ、このアへ顔。最初はどうだったか知らないけどさ、もう完全に」
「うるさい!」
画面から顔はそらさず怒鳴るのとほぼ一緒に后野先輩は絶頂に達した。

「はぁぁー、今日5回目のフィニッシュでしたぁ、自己記録更新、こーしーん! わーわー、拍手はくしゅー、ばんざーい、ばんざーい!」
ゆるみきった顔で馬鹿みたいに両手を振り回す先輩。
男の人のあの液体で汚れきった全身。
羞恥心などかなぐり捨てたように、カメラの前でおどけ続ける。

「あんたも正直どうなの? こんなところまで見せられて、まだあの先輩のこと尊敬してるっての?」
「してるよ!」
どんなに無様でもみっともなくても。
それは私たちを守って戦ってくれている姿じゃないか。

悔しいのは私は一緒に戦えないことだ。
もう一度、あの監督に歯向かうつもりになってくれさえしたら。
私に戦ってくれと言ってくれさえしたら。

「でもほら、今日だってあったじゃない」
「あ、あれは……」

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