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彼女は俺の手に恋をする10

前回

「ストレートに言っちゃいますと、結構心配してたんですよ」
近場のファストフードチェーン店に場所を移してから、愛夏は言った。
結局、真帆の我にかえったのは4時も過ぎた頃で、こうなるともう夕飯の時間の方が早い。
何か軽めのものをということで、値段にしてはまずまずな味でひいきにしているこの店にやってきた。
真帆も愛夏も、代金は自分たちで持つと主張したのだったけれど、こちらも高校生におごらせるのは気が引けて、割り勘を納得させた。

「なにしろこいつすごい惚れ込みようでしたから」
言いながら、フライドポテトを一本口にくわえ、一本を手でつまんで真帆の方を指した。
真帆はと言えば、最前ののめりこみようほどではなかったものの、自分の注文したメニューはそっちのけ、ナゲットをつまむ俺の手にまた真剣な眼差しを注いでいる。
愛夏の言っていることも聞いているのかいないのか。
愛夏でなくても心配になるだろう。

「人柄や何かで好きになったんじゃない、手、ですからね」
「ああ」
理想の手の持ち主というだけで、名前もどんな仕事をしているかもろくに知らない俺に突撃してきたのだ。
俺自身そうだったように、愛夏もまたそんな真帆を危なっかしく感じて当然だっただろう。

「まあ、まともな大人だったら、こんな電波な娘、いくら美少女だからって相手にしないだろうとも思ってましたけど」
当人を前にえらい言い様だ。
「ちょっと、愛夏、それはどういうことよ」
少しは話を聞いていたのか、俺に夢見心地な視線をむけていたのを反らして、真帆が反応した。
「藤沢さんがまともじゃないみたいな言い方やめてよ」
反応するポイントは相変わらずずれているが。

「これは失礼を承知で言うんですけど」
自分のメニューは瞬く間にたいらげてしまって、ほとんど手付かずの真帆のトレイに手を伸ばしながら、愛夏は言う。
いつものことなのか、真帆も何も言わずナゲットをつままれるのを許していた。
そういえば愛夏は部活の練習あがりでもあるのか。
「真帆に言い寄られてどうでした?」
「まあ、悪い気はしなかったかな」
厄介なことになった、とも思ったが、当人を前に言いづらいし、愛夏もそのあたりの言外は察してくれるものと期待した。

「こう言って信じてもらえるか分からないけど、なんだ、彼女によからぬことをするつもりはないよ」
「はい、信じられません」
「ちょっと、愛夏」
「と、そう思ったから、今回真帆がナオさんちにお邪魔してるって知って、品定めにおしかけた訳なんですけどね」

今日俺のところへ来ることが、真帆はよほど嬉しかったらしく、学校の友人知人、誰彼となく自慢?してまわったものらしい。
彼女たちの学校で俺はどの程度知れわたってしまったのだろう。

「ところで、あたしは真帆の手フェチほどじゃないんですけど、声フェチのケが少々ありまして」
お前もか。
思わず内心突っ込みたくなった。
真帆ほどじゃない、と言われても、比較対象がそれではどの程度のレベルなのかあまり参考にならない。
しかし、まぁ、手や指の造作がどうこうよりは、いくらか俺の理解の範囲内かもしれない。
美声に聞き惚れてしまうくらいなら、誰にもあることだろう。

「なにしろ16の小娘ですからね。人を見る目、自分の倍も3倍も生きてる大人を見極める自信なんかもちろんないんですが」
「3倍はいってないでしょう」
俺自身に代わって真帆が言ってくれたが、愛夏はそれには構わず続けた。
「声を聞く耳には多少の自負があるんですよね。まぁ、何か根拠がある訳でもない直感に近いんですけど、声で大抵の人柄は分かるつもりなんです」
「へぇ」
その手の特殊能力めいた話は、無条件に信じる方でもないが、「本当だったら面白いな」寄りに考えはする。

「ナオさんの声は、割と好きな方です」
それで俺はどうだった、と聞く前に愛夏は続けた。
隣で真帆がびくっとしたような顔をする。
「ああ、三角関係とかはないから安心して、真帆。好きか嫌いかで言ったら好きなタイプってだけ。そうだな、80点くらい」
俺でも名前は知っているような俳優や歌手の名前をあげて、その次くらい、と説明した。
それはなかなか高ランキングなんじゃないか。

「それでここからが本題、声からあたしの判断したナオさんの人柄ですけどね」
ぶしつけと言えばぶしつけな物言いに、真帆がとなりで制止しようとするが、俺としてもなかなか興味深い。
構わない、としぐさで伝えた。
「正直ちょっとよく分からないんですよね」
「ん?」
「悪い人じゃない、とは思うんですよ? でも、美少女女子高校生に言い寄られて魔が差さないような人格者かとなると、ちょっと微妙」
それはたいていの男がそうなんじゃないか。

「もうずっと失礼しっぱなしだから言っちゃいますけど、なかなか面白い声です。あたしの声判断歴の中でもちょっとなかった」
好き嫌いとは別の尺度で彼女の何かを刺激してしまったらしい。
ふむ、と首を傾げつつ俺を見る愛夏のその目は覚えがあった。
俺の手を見つめる真帆ほどうっとりとも恍惚ともしていないが、その奥に近しい光が見える。

「だからほら、どうせこれから真帆に押し掛け女房されるんでしょ。あたしも一緒にお邪魔させてもらって良いですかね。ナオさんの声、研究したい」

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