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ある受刑囚の手記4・再掲

ある受刑囚の手記

https://note.com/naofujisawa/m/mf176c1615f07

受刑者同士争いになることはもちろんあった。
言葉での意思の疎通ができない以上、交尾と同じかそれ以上に簡単に始まるものだった。
食餌やねぐら、交尾相手の取り合いが主な理由だ。

私のいたのは首都に次ぐ第二の都市で、近年の発展度では首都をもしのいでいた。
人権団体のそれなりに信頼できる統計では、受刑者は当時で2000から2500匹。
その中での私のヒエラルキーは、中の上ていどだったと思う。
ただ、これは前にも書いたように、多くのオスに私が気に入られていたからで、そんな私を妬み、目の敵にする者たちもいた。

交尾相手がいつでも側で守ってくれているものでもなく、自分の身は自分で守らなくてはならなかった。
ところが私と来たら、ケダモノになる前はろくにケンカもしたことがなかった。
公式手記の共著者K氏が作家らしい筆で描き出してくれているような、あれほどではないのだけれど、まず世間的にはセレブと呼ばれる階層の娘だ。

こうしてケダモノに身を堕とすことになった、友人たちとの卒業旅行、思えばあれが精一杯の「冒険」だった。
運命とは分からないものだ。

ともかくそんな私だから、最初の頃はオスにもメスにもまるで歯が立たなかった。
そうでなくても相手は何らかの重罪によって受刑者となっている者たちだ。
あわてて逃げようにも、受刑者になりたての頃は四つん這いにもまだ不馴れと来ていた。
あっさり追いつかれ、噛まれ、引っ掛かれ、後ろ足で蹴りとばされた。

抵抗をやめ、降伏の姿勢を見せた相手には、それ以上の攻撃はしないというくらいの暗黙の了解は、受刑者同士でもあると後で分かるが、最初の頃はそれも知らない。
なまじ無駄な抵抗をしてしまって、いつまでもなぶられ続けることが多かった。

今自分の身体を見てみると、驚くほど傷痕が少ない。
当然といえば当然の配慮か、私たちに投与されていた獣化剤に、人間を傷つけない程度に歯や爪、足の力を衰弱させる効果もあったようだ。
もちろんこれも後で知ったことで、当時は死の恐怖を何度も感じたものだ。

交尾のあとと同様、ケンカのあとで相手の身体に小便をひっかけていく者も多かった。
相手を征服したしるしということだろうか。
これが厄介で、オスでもメスでも他の者の匂いをまとったメスのことは、受刑者たちはなかなか犯そうとしない。
強いオスからの「おこぼれ」が減るということは、私には死活問題と言えた。

自分の水溜まりで転げまわって相手の匂いを消す、という「知恵」を身につけたのは、私の場合かなり後になってからだった。


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