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ある受刑囚の手記

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ある受刑囚の手記13

ある受刑囚の手記13

エリカは悲鳴をあげかけて、すんでのところで思いとどまった。
たぶん、使用人たちが飛んできてまたごたごたすることを嫌ったのだろう。
何事かぶつぶつこぼしながら、自分で私の尿の始末を始めた。

不思議と、というのは今こうして思い出して感じることだが、手際は良かったと思う。
私の前にその離れ屋をあてがわれていた何かの動物の世話も、彼女がしていたのかもしれない。

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ある受刑囚の手記12

ある受刑囚の手記12

エリカは当時あの国でも普及の始まっていた、それでも子供が持つにはまだまだ贅沢品だったはずの携帯端末を取り出して、たぶん自宅へだろう、通話した。
相手は大人だったはずだけど、その態度や簡潔な物言いから、彼女が他人に何かを命令することに慣れた人種であることは分かった。

さほど待つまでもなく、外国製の大型車が校門の前に乗り付けた。
制服姿の運転手と、力仕事専門という感じの作業着の使用人ふたり。
彼らは

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ある受刑囚の手記11

ある受刑囚の手記11

ある受刑囚の手記1
ある受刑囚の手記10子供たちは、唖然としていた。
ヘラに起こったことをうまく把握できないという様子だった。
彼ら彼女らに、どの程度の性知識があったかは分からない。
道端でまぐわう受刑者たちのことくらい、見たことがあっただろうが、それはあくまでケダモノたちの交尾、自分たちとは違う生き物たちの話だったはずだ。

言い出しっぺのエリカは、さすがにその事の意味は分かっていたに違いないが

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ある受刑囚の手記10

ある受刑囚の手記10

ある受刑囚の手記1
ある受刑囚の手記9

子供たちとの話を続ける。
軽く触れるだけのつもりだったが、書いているうちに思い出してきたこともあって、思った以上に長くなりそうだ。

そうなるとやはり名前のないのは話しづらい。
以降便宜的に仮名をつけるがもちろん私が勝手にそう呼ぶだけで、彼ら彼女らの本当の名前は知りようがない。
今では高等科学校に進んでいるだろうか。
万万が一にも当人たちに迷惑の及ばないよ

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ある受刑囚の手記9

ある受刑囚の手記9

ある受刑囚の手記1
ある受刑囚の手記8

受刑者にとって子供は天敵のようなものだ。
大人なら見てみぬふりをする私たちのことを放っておいてはくれない。

小さな子供が私を指差して、そばにいる大人に何かを尋ねる姿を、何度も見た。
「あのお姉ちゃんはどうして裸なの?」とでも聞いているのだろう。
「あのお姉ちゃんはワンワンなの?」かもしれない。

聞かれた大人も答えに困るだろう。

見るんじゃありません、

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ある受刑囚の手記8

ある受刑囚の手記8

ある受刑囚の手記1
ある受刑囚の手記7

前にも書いた通り、したいとなったら交渉も同意もあったものでなく、すぐ始まるのが受刑者たちの交尾だ。

たまたま目に留まったとか、体臭が気に入ったとか、始めるきっかけなどどうでも良かった。
場所など当然選ばない。
思いがけないところで突然犯されたことも一度や二度ではない。

人間たちからは忘れ去られたような廃屋をのぞいては、まず屋外であることが多い。
道端

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ある受刑囚の手記7

ある受刑囚の手記7

ある受刑囚の手記1
ある受刑囚の手記6

ここ数日、私は発情の時期を迎えている。
受刑者に投与される薬剤には、生殖能力を大きく阻害する働きもあって、ケダモノどもが勝手に数を増やすのを防ぐ目的でだろうが、おかしなものでそれでも身体は交尾を求めてしまう。

私の中のケダモノは今もオスを望んでいる。
人間の男性にはとても癒せまい渇きだ。
一度、冗談まじりにだが、性欲処理用にせめて大型犬でも飼ってはもら

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ある受刑囚の手記6

ある受刑囚の手記6

何が起こったのか分からなかった。
目の前に見せつけられる食餌のことしか考えられなくなっていたせいもあるし、なんといっても死角から突然だったからだ。
体当たり。
かつてはさぞ鮮やかだったろう金髪をふりみだしたジーマとの、それが最初の出会いだった。

初対面から友好的な受刑者もいるものではなかったが、ジーマの場合はとことん攻撃的だったと思う。
状況を理解する間も与えず、さらに飛びかかってきて、喉笛に噛

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ある受刑囚の手記5

ある受刑囚の手記5

身体を許した多くのオスたちとともに、今でもよく思い出すのはジーマのことだ。
私がもっとも多くやりあったメスだと思う。

ジーマというのは今適当につけた、もちろん仮名だ。
受刑者になった時点で名前などなくしたも同じなのだが、やはり受刑者A、受刑者1などでは話しづらい。
以後これと同じと思ってもらいたい。
何の目的もなくホテルの立ち並ぶ区画へ迷いこんでしまうことが多かった。
私自身も人間だった頃に宿泊

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ある受刑囚の手記4

ある受刑囚の手記4

ある受刑囚の手記4

受刑者同士争いになることはもちろんあった。
言葉での意思の疎通ができない以上、交尾と同じかそれ以上に簡単に始まるものだった。
食餌やねぐら、交尾相手の取り合いが主な理由だ。

私のいたのは首都に次ぐ第二の都市で、近年の発展度では首都をもしのいでいた。
人権団体のそれなりに信頼できる統計では、受刑者は当時で2000から2500匹。
その中での私のヒエラルキーは、中の上ていどだっ

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ある受刑囚の手記3

ある受刑囚の手記3

話が前後してしまうが、今も私の立場は微妙だ。
広く誤解されているか、あるいはあえて曖昧に報じられているようだが、あの国の司法は、私に対する有罪判決を否定してはいない。

あの国の法律上では、私は相変わらず受刑者ということになる。

詳しくは分からないが、私の帰国に関してはいささか「強引な」方法も取られたようだ。
もともとあの国に、受刑者のその後について定めた法律はない。
そもそもが電気椅子やガス室

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ある受刑囚の手記2

ある受刑囚の手記2

公式の手記の方では、共著者のK氏がごく上品にほのめかしていただけだったと思うが、ケダモノとなる前の私は男を知らなかった。
処女だったということだ。

こう言い換えてもいい。
私は人間の男性と愛し合う前に、受刑者のオスとまぐわったのだ。

はじめての相手は、通りでたまたま出会ったオスだったと思う。
空腹を覚えていた私は、彼が大事そうにくわえていた腐りかけの生肉の方に目がいったのだが、彼の方では性欲の

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ある受刑囚の手記1

ある受刑囚の手記1

その国に死刑という制度はなかった。
代わりに人としてあらゆる権利を剥奪されるのだ。
すべての衣類をはがれ、特殊な薬品を徐々に注入する首輪をはめられる。
まず二本足で立って歩くことが困難になり、手でものをつかむことも出来なくなる。
やがては人間らしい理性や感情もみな失われ、一匹のケダモノへと生まれ変わるのだ。

私もまたそうした受刑者のひとりだった。
卒業旅行で訪れたあの国で、トランクにまったく覚え

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