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私のとなりの変わった成功者

結婚して33年になるけれど、
今だに夫には驚かされる。

彼は、定期的に予測しない展開を、私たちの暮らしに運んでくる。
変わった人と結婚したのかもしれない、と時々思う。


レストランをやりたい、と言い出して、私の反対を押し切って始めた。
けれど、レストランビジネスに徐々に飽きて、ついには仕事に出なくなった。

そして、ある日、まさかの専業主夫宣言。

先、越されたな~って、ちょっと思った。

でも、実際は主夫どころか、しばらく引きこもりを続けていた。

自分が何もしなくなって、何もすることがなくなって、空っぽになったらどうなるか実験だとか言って。
昔から、やったことないことをやってみて、実験するのが好きな人だった。

もちろん、空っぽになったら何かがやってくる。
宇宙は空白がきらいだから。
何かを捨てれば、新しいものがやってくる。

でも、そんなもくろみや結果への執着こそを、手放さなければ、次はやってこない。そのあいだ、人は色々試されるもの。それは、引きこもった人にしか、分からない体験だったろうね。

半年過ぎた頃、彼は、友人からプロジェクトを立ち上げる誘いを受けて、日本へ行った。日本とこちらを行き来しながら、新しい土地で、新しい関係性を築きながら始めた事業。

でも、3年ほどで、終了。

「気持ちよく、鼻を折られたなあ」、
これまで、経験したことのない、彼のあっぱれな敗北。

でも、私には、敗北にはとうてい思えなかった。
だって、あんなに楽しそうだったじゃない。
あれほど楽しませてもらったら、こっちのほうが、儲けものだと思った。

そしてまた彼は、主夫に戻った。

でも、しばらくすると、今度は小さなユンボを1か月借りて、以前住んでいた山に入った。

私たちが、電気も水道も通ってない、オフグリッドの山で暮らしていたのは、20年以上も前。


そこが、3度も山火事にあい、幾つかあった山小屋は、ついに全焼した。

燃え残った生活用品や、車の残骸が残る山を訪ねたあとで、夫はそこを、再び人が集う場所にすると、決めたようだった。
かつて自分たちがその山で、私たちにとって掛け替えのない、体験という、ギフトをもらったように、再び、誰かの体験の場になるように、と。

それでクラウドファンディングで、資金を募り、山を整える準備を始めていた。
この山には、かつて、小さな日本人コミュニティがあったので、(地元の人からは、ジャパニーズヒッピーコミューンと呼ばれていた)私たちと同じように、この山を心のふるさとにしている人が多かった。そのお陰で資金も集まった。

そうして先月から夫は、一人で山に入った。

火事の後、数年間も放置された山はどうなるか。

かつての山道は、草や灌木が生い茂り、道を開けるためにユンボが走る前を、野兎たちが飛び跳ね、ガラガラ蛇が急いで隠れ、ところどころに熊の痕跡を見つけた。

大きな樹々はほとんど焼け倒れ、さすがのユンボでも動かせずに、新たな山道を作らなければならなかった。小さな橋も崩れて、使えなくなっていた。

彼が撮った写真を見ると、昔の山の面影はどこにもなかったから、私は、木陰のない山で、夏にはどう過ごせばいいのだろうと思った。

それでも彼は、かつて私たちが住んでいた、山小屋跡を拠点とした。その場所をユンボでならし、テントを張り、泉の水を引き、薪を用意し、焼け跡から掘り出した薪ストーブを設置した。

4月は毎年、一週間ほど、冬気候になることがある。
山では、春うららを見せかけて、ある日突然ドカ雪が降っていたことを思い出す。
それが今年は、冷たい雨が何日も続き、嵐になった。
それでも、雨が上がるのを待ちきれなくて、彼はコストコで簡単に食べられる食材を買い込んで、再び山へ入ってしまった。

雨だろうと、風だろうと、ユンボに乗っているのがとても楽しいのだと、彼は言う。自分の手足の延長みたいに、重機が動いて、どんな重いものでも動かせるのだと、手柄を話す。
私には分からない喜びだけど、小さいころに見たアニメ、マジンガーゼットを操縦している気分なのかと想像した。

一日の終わりに彼は、息をのむような夕陽の写真を送ってきた。(山にも、電波が届くようになったとは画期的!)
昔、私たちは、こんな夕陽を見ながら暮らしていたんだと、胸がいっぱいになる。

目当ての場所に、グランピングテントを建てて、そのうち私を招待してくれると彼は言う。

昔の、修行のようなヒッピーな暮らしじゃなくて、これからは、山暮らしでも、出来る快適さをどんどん取り入れなきゃね、と。
私たちが暮らしていたころ、そのコミューンではチェーンソーや電動工具もご法度だった。ひたすら、夫が手ノコと斧で 薪を作っていたのを思い出す。

この山という、彼のおもちゃ箱が、今度は彼をどのくらい楽しませてくれるのだろう。


彼は起業家タイプなのだ。

何もないところに何かを創るのが好き。でも、維持していくことには興味がない。

でも、実は、私は彼のことを密かに、すごい成功者じゃないかと思っている。

これほどまでに、自分に忠実に生きている。
興味がないことは、きっぱりとやらない。
というか、やることができない、というのは何てナチュラルなんだろう。

昔から、何の根拠もなく、「僕はそのうち左うちわで暮らすようになるんだ」、と言っていた。それが私への洗脳だったのか、ただ彼がそれを引き寄せたのか.…でも現実となった。

子供たちは夫が大好きで、尊敬すらしている。
世の中でいうところの「仕事」をせずに、お金のことは一切私まかせなのにさ。
お隣さんは、彼のことをなぜか「センセイ」と呼ぶ。

ユンボに一日中乗っているせいで、腰が痛い、と帰ってきた日。

腰痛に効くヨガがあるよ、
いっしょにYOUTUBE 見ながらやろうよ、
と誘うと、ソファで寝転ぶ彼の、帰ってきた答えが、

「ナオちゃん(私のこと)、ここでやってみて。
僕は見てるから」

だって。

やっぱり変わってる。



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