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この人にこの仕事は無理かも、と思っていたけれど

夕方5時、店に到着すると、すでに早めのラッシュが始まっていた。

ずっと続いていた雨が止んで、一日陽が差していた日。
人々は、誘い合って食事に出かけることにしたのだろうか?
次々と来店されるお客様。
そして、いくつものバースディ。

20人のバースディパーティが6時に控えていた。

私の顔を見て、サーバーのジェシカが、泣きそうな、怒ったような顔を向ける。
「どうしたの?大丈夫?」
「大丈夫じゃないかも」
そんな返事を聞きながらも、私は、すぐにドアの前で待っているお客様の対応に入った。

営業時間が終わり、殆どのお客様が帰られたあと、ジェシカがやって来て言う。
「どうやったら、もっと上手にサービスができるようになるかしら?
私を見ていて、こうやったらいいのに、って思っていることない?
どんなフィードバックでも、ちゃんと受け入れるから、教えて!」


今日、幾つかのミスをしたらしかった。
特別にはどこというわけではないけれど、
もっと、うまく出来る方法があるんじゃないか、
何かが間違っている、
そんなふうに思うのだと。

帰り際に、フロントで、お褒めの言葉をかけて下さるお客様は、たいてい一緒に働く、彼女の先輩サーバーのことを口にする。
「私のことであったためしはないのよ」、と。

彼女がここで働き始めて1年が過ぎた。
初めての仕事。
若いスタッフが多いのも手伝って、公私混同、「仕事」という緊張感がなくて、なかなか自分から動くことができなかった。
教えたことはしばらくすれば忘れて、それを自分流に変えて、店の基準から外れていた。

進歩の見られない彼女を、私は諦めようと考えていた。
けれど、不思議なことに、いつしか、彼女の身体が柔軟になって、店をくるくると動きまわるようになった。

「あなたはひと時も時間を無駄にせずに、いつも何かをやっているのね」と、声をかけると喜んで、ますます色んな仕事を自分から取っていった。

この背の高くて美しい、ブロンドの女性は仕事を始めた日に飲んだ味噌汁に恋をして、風邪で休んでいる日にも、味噌汁を店に買いに来る。
「あ~、味噌汁、最高ね!」と笑顔を見せる彼女に、私のほうが恋をしてしまう。
日本のソウルフウドを、こんなにも共有できるなんてね。

初めはテイクアウトのキャッシャーや、ダイニングのバス(食器を下げたり、サーバーの補助をする)をやっていたけれど、次第にサーバーとしても仕事を任せられるようになった。

仕事が早めに終われば、言わなくとも、気になるところを掃除してくれる。
他の日本食レストランに食事に行って、そこでの体験を店に生かそうと、私に提案もしてくれる。そして、自分に出来ることを率先して実行するようにもなった。

今度はサーバーとして、もっと上達できるんじゃないかと、自分自身を歯がゆい思いで見ているようだった。

私が彼女から学んだのは、人は、自然に成長していくものなのだということ。
それを彼女は私に見せてくれた。

もちろん、今の彼女になるまでに私は、何度も彼女と指導のためのミーティングをしたけれど、それは「頭」で理解する範疇であって、彼女の行動には繋がらなかった。

私は彼女の扱いに途方にくれていたのに、ある日、気が付くと、彼女は自信をもってプロ意識で仕事をするようになっていた。

「いったい何が起こったの?」
彼女や、他のスタッフにも聞いたけど、誰も分からない。
本人でさえ、肩をすくめる。

彼女は、ひとりでに花開いたのだ。

だから、今回、私は彼女に言った。
「あなたはすごくうまくやっているよ、大丈夫よ」と。

細かいことは、仲の良い、先輩サーバーからすでにたくさんの助言を貰っているはずだった。

そして、こうも付け加えた。

自分のミスを引きずらなければ、
ミスをミスのままで終わらさなければ、
そこには、何の問題もないのよ。

ミスが起こっても、その対応次第で、お客様の信頼をもっと頂くことができる。ミスのおかげで、学びが起こる。

そして、瞬間、瞬間、新しい自分に戻る、
その潔さと、自分への信頼を持っていれば、どんなことが起こっても自分を許せるようになるよ。
そのリラックスした心持ちが、お客様にも伝わって、自然にいい対応が出来るようになる、と。

一晩にたくさんのお客様を相手にする。
色んなタイプのお客様がいるし、予期しないことも起こる。
手に余ることがたくさんあると思うけど、
諦めないで毎日、新しい気持ちで店に立つ。その継続が、いつかまた大きな花を咲かせるね。

応援しています。



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