小さなお兄ちゃん
得意げに九九を読み上げていると、近所の人に「すごいね!」などと褒められる。
「今の人、僕のことをとても褒めていたけど、絶対小学生だと思ってないよね」そんなことをケラケラと笑いながら言う。
「双子ですか?」
息子たちを見た多くの人がそう尋ねる。
彼らの顔は本当によく似ているし、背格好もほぼ同じだ。
今年3年生になった長男と、保育園ラストイヤーの次男。
実は4つも歳が離れている。
長男は「糖原病」という病気なのだ。
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「糖原病(とうげんびょう)」という病名を聞いたことがあるだろうか。
私は知らなかった。
学校や小児科の病院でも、知らない先生が多い。
糖尿病(とうにょうびょう)に間違われがちだし、電話で告知を受けたときは、何度も膠原病(こうげんびょう)と聞き間違えた。
「糖原病」は、指定難病のひとつだ。
人は食べたエネルギーの余った分を「グリコーゲン」として肝臓に蓄える。それがエネルギー不足時の予備タンクになる。
糖原病患者は、この肝臓に蓄えたグリコーゲンを代謝・消費することができない。
活動するためのエネルギー以上に食事を摂ると、永遠に肝臓に蓄え続けられ、肝臓が肥大してしまう。そして、それはエネルギー不足時に使われることはなく、低血糖を起こして倒れる。
簡単にいえば、そのような病気だ。
生まれながらに罹患していても、気づかれないことも多いと聞いた。
この病気の大きな特徴として、成長が遅れる。
彼の場合、幼少期は言葉を習得するのが遅く、また身長が明らかに小さかった。
「3歳児健診」を受けたときの彼の身長は、わずか80㎝ちょっとだった。
1歳半くらいの「歩き始めたばかりの子ども」の平均身長だ。会場はざわめいた。
「気にし過ぎですよ」と、何度言われたかわからない。
「自分の子供を病気だと思いたいのか?」と、相談した親族から酷い言葉をぶつけられたこともあった。
誰にも聞いてもらえず、私の育て方が悪いのかと、何度も自分を責めた。
長男は幼い頃から滅多に罹らない病気によく罹った。
ありとあらゆる予防接種の副反応で発熱した。
子供が突然高熱を出し、ものすごく不機嫌になる「突発性発疹」は2回発症した。かなり稀だと病院で言われた。
その後、川崎病にも罹り、20日間も入院した。これも、まだよく解明されていない病気のひとつだ。
適切な処置がされないと心臓に水が溜まるなど危険な後遺症を残すことがあり、罹患後、5年間の経過観察が義務づけられている。
そのおかげで息子の異変は発見された。
度重なる不運が、ここで幸運に転じたのだ。
「脂肪肝です。」
まだ3歳になったばかりの当時、彼はそう診断された。
エコーで見た肝臓は真っ白だった。
肝臓機能を評価する数値、AST(GOT)とALT(GPT)は成人の正常値の数倍だった。
担当医も、何が起きているのかわからない様子で、すぐ終わるはずの検査が終わらない。
何度も病院へ呼ばれ、毎回祈るように検査を受けたが、数値は回復しなかった。
同じころ、発育の経過観察で通っていた都立病院から、成長ホルモン負荷試験を受けてみないかと持ち掛けられた。低身長の子供がホルモン分泌量に問題がないかを調べる検査だ。
点滴で薬剤を投入し、強制的に成長ホルモンの分泌を促して分泌量を調べる。
空腹状態で行わなければいけないことや、一定時間毎の採血、時間がかかるなどハードルは高かったが、決して危険な検査ではない。
しかし試験開始後しばらくして、息子は昏睡した。
血糖値は20をきっていた。大人でも血糖値が50を下回れば意識障害が起きる。担当医と看護師たちがバタバタと動き出し、事の重大さに気づいた。
検査は即座に中止され、彼にブドウ糖が点滴された。
その後、症状判断で「糖原病」の可能性が指摘され、専門医のいる大学病院へと転院した。
気づいた時には、彼の肝臓は、肋骨の中に納まらないほどに膨れ上がっていた。
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糖原病は知能の発育が遅れることもある。
就学前に確認してほしいと病院から勧められ、知能テストを受けた。
恐る恐る受けた試験の結果は、意外なものだった。
6歳当時の彼は「10歳以上の知能、処理能力がある」との診断結果を得た。
そもそも、どこへ行っても神童扱いされていた。
見た目はヨチヨチ歩きの赤ちゃんなのに、ペラペラと喋るし、物覚えもいい。
「あの子、何者?!」という視線を向けられては、ドヤ顔の息子がそこにいた。
神童扱いされて、神童が育ってしまったのだ。
以前こんなツイートをしたことがある。
彼は特に数字に強く、私の頭がついていかないこともよくある。
かと思えば突然、英語で喋り始めたり、習ってもいない漢字を書いたり、哲学的な発言をしたりと、日々、驚くことの連続である。
母としては、健康な体に産んであげられなかった罪悪感に苛まれることもあった。
しかし、彼は言うのだ。
「僕って、小さいから超お得!」
確かに、小さくて軽い彼は持ち運びしやすいので、長男とはたくさんの場所に抱っこひも一つで出かけた。
帰り道に疲れたと泣かれても、長男ひとりの時は、いくらでも抱っこできたのだ。
今、どこかに行く時は、コッソリと耳打ちしてくる。
「僕、未就学児料金でいけるよ。」2人で目を合わせ、にやりと笑う。
次男坊はこの3月に5歳の誕生日を迎え、ついに身長がほとんど同じになってしまった。足のサイズは既に弟の方が大きい。
兄のプライドがさすがに傷つくかもしれないと思った。
彼はあっさりと「僕たちってさ、双子みたいで、超カワイイじゃん!」と、棚から同じ服を選んだ。
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彼は、ものすごくモテる。
彼は、私より「愛され方」を知っている。
私はいまだに人に甘えたり、頼ったりすることが下手なので、羨ましい。
先生によると、クラスのみんながお人形遊びをするように彼のまわりに集まるそうだ。
彼は、クラスのゆるキャラ扱いされることを嫌がることなどせず、みんなに可愛がられているという。
1年生の頃から同級生の女の子と「お付き合い」していると話を聞いていたが、どうやら二股のような状況になったそうで、腕に油性マジックでびっしりとその子の名前を書かれて帰ってきたことがあった。
最近は8歳にして「年下の彼女がいる」というので、母としては気が気でない。
学童保育室の片隅で、おままごと用の野菜をTシャツに入れて「どの野菜が一番おっぱいが大きい人に見えるか」遊びをやっていた、あの子がそうなのか。
小学生の女の子は、おませで過激だ。
彼は、私より「正しい生き方」を知っている。
自分が持って生まれたものが何たるかを理解している。
その上で、自分にない能力を嫉妬したり、もっていない環境を羨んだりなど決してしない。少なくとも、口や行動には出さない。
つまり彼は、人生とは配られたカードで勝負するものだ、と知っているのだ。
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彼の病気は、いつか治るものなのかどうかも、今後どんな症状が出るかも、今の医学ではわからない。
検査結果がよくなると「やったね!」と笑い、結果がいまいちだと、それでも「また次だね!」と笑う。
彼は「小さな巨人」なのだ。
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最後までお読み頂き、ありがとうございます。
月一更新、7回目になりました。
今回は息子が主役ですが、前回は自分の幼少期を振り返りました。
併せてご覧いただけたら嬉しいです。