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いい質問

 小学5年生の娘の今年のクラス担任は、2年生のときも受け持っていただいた、わたしと同年代と見られる女の先生(生徒に年齢を聞かれると「99歳」って答えるらしく、ご本人のお子さんの年齢から推測)。わたしも娘もその先生のことが大好きで、担任発表の日は、もう1年いっしょに過ごしていただけるなんてラッキー!と大喜びした。

 新学期がはじまって2週間くらいのタイミングで、授業参観と、続いて保護者と先生のクラス懇談会がある。5年生にもなると懇談会に出席する保護者の数はだいぶ少なくなるから(他学年にきょうだいがいるケースや、懇談会の内容はだいたいわかっていて毎回は出ないという方もいる)、出席者はクラスの半分いるかいないか、という人数だった。
 まず先生から挨拶があって、年間行事の説明、1学期の予定、家庭で用意してもらいたいもの、などの話があり、残りの時間は保護者が順に「○○の母です。今年もよろしくお願いします」と簡単に自己紹介をするのが恒例。なのだけど、今年はこの保護者の自己紹介タイムが、例年にはない楽しさだった。なぜなら、先生から「お一人ずつ、お子さんの名前と、お子さんのいいところを言ってください」というお題が出たからである。

短い答えに全てが詰まっている

 この質問は絶妙だった。一番手は、たまたま端っこに座っていた、わんぱく男子のお父さんだったのだけど、最初からとてもいいことを言っていた。たしか「うちの子のいいところは、うそをついても、そのあとで『うそだよ』ってちゃんとおしえてくれるところ」だったと思う。
 わたしはその一人目のお父さんの発表を聞いただけで、じーんとしてしまった。お父さんがはずかしそうにポツンと発した短い答えに、息子のかわいさも、お父さんの優しさも、親子の関係も全部詰まっていて、行ったこともないそのおうちのリビングでのやりとりをちらっとのぞかせてもらったような、ほのぼのとした気分になった。
 こういう場合は一人目の答えがいいと、後に続く人の発表もどんどんよくなる。とくに、お母さんが息子の紹介をするおもしろさといったら、やっぱり母と息子の関係って特別なんだなぁ、としみじみ思った。
 わたしを含めて、お母さんが娘の話をするときは、ため息か苦笑いのどちらかが混じった自嘲的な内容になりがちで、わが子とはいえ同性に対する評価のきびしさが表れる。
 それに対して息子の話をするお母さんって、まるで年下の恋人の「みんなは知らないけどわたしだけが知っている彼の魅力」を話す彼女みたいに、どこかうれしそうなのが印象的だった。息子がかわいくてたまらないんだなぁ、と感じつつ、その息子よりお母さんがかわいく見えちゃったくらいに。

 保護者はおそらく20人近くいたけれど、全員の話がそれぞれ印象的で、その日の夜、夕飯を食べながら夫と娘にその報告をして、つくづく担任の先生のお題の投げ方が秀逸だったね、だからそんなにおもしろい話が引き出せたんだよ、とうなずきあった。

すべてはキャッチボールなのだ

 「いい答え」を引き出すためには「いい質問」が必要だ。それと同じように、「いい行い」を促すのも「いい言葉のかけ方」であることをわたしにおしえてくれたのは、娘が生後6ヶ月から2歳まで自宅で保育をしてくださった保育ママさんだった。
 その方は、わたしたち新米ママ&パパにとってもよきママだった。初めての子育てでオロオロしていた我々夫婦にも、やさしい口調で、でも的確に注意をしてくれた。その中でとくに心に残っているのが、娘が保育ママの言うことは素直に聞くのに、家で同じことを注意してもまったく言うことを聞かない、とこぼしたときのこと。
 「ダメ! とか、〜しなさい、とか言っていませんか? どんなに小さな子でも、上から命令すると言うことを聞かないものなんです。同じことを指導するにしても、言い方を『〜しましょうね』に変えると、素直に聞いてくれますよ」。
 そう言われて、「もしかしてママは、うちの前を通って、わたしが娘に『ダメー!』って叱っている声を聞いたのかも?」 と、顔が真っ赤になるくらいはずかしかったっけ。
 あれから10年近く経った今も、このアドバイスはお守りのように大切にしていて、反抗期の娘の態度にカッとしそうになるとき、引き出しの奥から引っ張り出すように、自分の頭の中で反芻して心を落ち着かせている。でもそれが間に合わなくて、『いいから早くやんなさい!」の叱咤の言葉が先に出ちゃうことも、多いのだけれど。

 とにかく、言葉でも、感情でも、すべてはキャッチボールなのだ。いい球を投げれば、あちらからもいい球が返ってくる。とすれば、まずは自分がいい球を投げられる人間になりたい。

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