見出し画像

よい結果のために省かない工程

4月の新刊発売に向けて地道に原稿を書く日々に、ようやくゴールが見えてきた。

新しい本は、
①わたしが十数年暮らした東京から出身地である千葉に戻り、運命的に出会った古い中古住宅を建築家とともにリノベーションした経験を振り返るエッセイ

②住んで10年目というタイミングで2度目のリノベーションをDIYで行った、その記録

③リノベーションによって自分らしい家と暮らしを手に入れた友人宅の取材

④「なぜリノベーションが今の時代にフィットした家づくりのかたちなのか」について建築家と意見交換した対談

⑤家をつくるもの、という視点で、愛用品やそれを選ぶ理由を語る

……というように、「家と人と暮らし」にとことん向き合った集大成(となる予定)なのだけど、今は渦中にいて、この本についてまだいろいろ書ける余裕がない。だから今日は、この本づくりでも縁の深かった「テープ起こし(文字起こし)」という作業について書こうと思う。

憂鬱な作業から解放されたい、けれど

その本でも、エッセイ以外のページは、取材や対談など誰かのコメントを原稿にするため、つねにレコーダーを回し、それを文字に起こしてからようやく執筆に取りかかる、というのを繰り返した。

夫もインタビューの仕事が多いため、この文字起こしという作業の憂鬱さについてはつねづね共感しあい、慰めあってもいる。そこへ先日彼が「文字起こしを自動でやってくれるシステムが最近ずいぶん進化しているみたいだ」という話をちらっとしたものだから、「 それ、導入したい!」と身を乗り出した。具体的にはまだ何も動いていないけれど、この入稿がひと段落したら、ぜひ調べてみようと思う。

どんな取材でも、誰かのコメントをもらうときはレコーダーに録音し、それを文字に起こしてから執筆にとりかかるのを、原則としてきた。
もちろん録音すれば、それを文字に起こす作業が生じ、それはわたしの大きな憂鬱であることは間違いない。
友人の編集者は、どんなに録音したほうがいいと頭でわかっていても、文字起こしの作業があまりに嫌いすぎて、ぜったいにメモだけで取材を終わらせる、と決めているという。
取材のスタイルは人それぞれ、わたしはやらないなどと考えられないことをやらないで貫き通す人だっている。どちらがいい悪いという話ではない。ただわたしは、録音せずに取材に臨む勇気がないのだ。速記の技術に自信がないのもあるけれど、それ以上に録音することのメリットや安心感を、痛いほど知ってしまっているから。

じゃがいもの皮をむく作業

どんなにメモをつぶさに取ったとしても、それは書き留める時点で自分の言葉に「翻訳」している。インタビュー原稿において「地の文」といわれる書き手主体の文章なら、ライターの翻訳が加えられたものでもいいけれど、カギカッコでくくる取材相手のコメントは、多少のアレンジを加えるにしても本人が気づかない(もしくは気にならない)程度に抑えるか、あるいは「本当はこういうことが言いたかった」という文章にするのが、相手への礼儀だと考えている。ゲラを見て「こんな言い方わたしはしてない」って思わせてしまったら、インタビューも原稿も成功とはいえないだろう。

コメントを録音し、文字起こしをしてから書いた原稿は、そうした事態に陥る危険が少ない。逆にメモだけでコメントを再現しようとする原稿は、けっこうリスキーな気がする。校正の段階で面倒が起きるのにくらべたら、文字起こしの手間なんてかわいいもの……いやそれでも面倒な作業であることは間違いないのだけれど。

たとえば、じゃがいもの皮をむくのが面倒でも、なめらかなじゃがいものポタージュをつくりたければ、皮をむかないという選択肢はない。ただし皮さえむいておけば、ポタージュじゃなくてやっぱりマッシュポテトにしようとか、ポテトサラダにしようとか、いやいや千切りポテトの炒め物にしようとか、そこからどんな料理にも展開できる。でも皮をむいていないじゃがいもは、ふかし芋か、皮つきのフライドポテトやグリルくらいしか作れないかもしれない。

あるいは、ペンキ塗りをするのに、面倒だからって養生をしないでいきなり塗り始めてしまうと、やっぱりちゃんと養生をして塗った壁とは仕上がりがあきらかに違う、ということにも重ねられる。腕のいいプロほどぜったいにその工程を省かないように、よい結果に到達するためには「しかるべき段階を踏む」ことはやはり必要なのだ。もちろん誰かに手伝ってもらうという道はある。でもプロセスを飛ばすという近道はないように思う。

録音と文字起こしはわたしにとって、そんなじゃがいもの皮むきやペイントの養生みたいなことだと思っている。
「いい取材をしてもらった」「このインタビューのために時間を割いてよかった」と相手に感じてもらえるためにも、これからもレコーダーを回すだろう。それで、その音声は自動で文字化してもらい、これまでの文字起こしにかけていた時間を原稿執筆に回せたら、もう最高だな。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?