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おしゃれ本を読んでコーピング

先日「コーピング」という言葉を初めて知った。

コーピングとは、ストレス対処法の一つで、「これをするとわたしはご機嫌になれる」という行動を日頃から自覚し、それをリストアップしておくことだという。

実際にストレスを強く感じている状態では、「今あれをやったらストレスをやわらげることができるかも」といった発想を持つことさえ、むずかしい。
だから、元気なときにコーピングのリスト作りをしておいて、ストレスに直面したときはそこからピックアップして実践することで、うまく現実逃避しながら自分を守る。
たしかに簡単で、シンプルで、効果的な方法だと感じた。

娘の中学受験における最後の数ヶ月間、これまでの人生経験のなかでも最大級のストレスがわたしを襲ったけれど、そういえばあれがコーピングだったのかと、今になって思いあたる行動がある。
それは、Kindleでファッション指南本を読みあさりながら、「受験が終わった後の自分のおしゃれ」について思いをめぐらすことだった。

小説などじっくり世界に浸りたいタイプの読書は、とてもじゃないけれど無理だった。エッセイもしかり。なにしろ、娘の勉強サポートや家事によって数分刻みで中断されるし、寝ても覚めても頭と心は受験の不安にがっつりとらわれている状況では、どんな物語を読もうとしても文字の上を目がすべるだけ……あんな感覚ははじめてだったなぁ。

けれど「おしゃれ本サーフィン」はいい具合にお気楽で、あの状況にはうってつけだったのだ。無料のUnlimitedでも、おもしろそうなタイトルが次々と見つかるものだから、それを片っ端から読んでいる間に受験が終わっていた。すごくいい気分転換になっていたし、助けられたと思う。

再読用にリストに残した3冊


Unlimited本は同時に10冊までしかリストに残せないから、もう再読はないかなという本はどんどんリストから外していくのだけれど、雑誌やムックも含めれば最終的に20冊近くは読んだであろう「大人のファッション」カテゴリーのタイトルのなかで、読んだ後の満足感が大きく、リストに残した3冊について書いておきたい。

独自のクローゼットマップ理論に目からウロコ、『「いつでもおしゃれ」を実現できる幸せなクローゼットの育て方』

元アパレル会社勤務の著者が、試行錯誤の末にたどりついた独自のクローゼット構築理論は、洋服を一軍、二軍、カジュアル、おたのしみ、などの6組にグループ分けすることからはじまり、ボトムスの「型」を決めたり、その日の行動に合ったコーディネートにするためにまず靴から決めるとか、「へぇ!」「ほほぅ!」「なるほどねー!」と目からウロコが落ちっぱなしの斬新な内容。
もともと洋服が大好きでお買い物もたくさんしてきた人なのに、到達した考え方と実践している方法は、とことん冷静で合理的な点も興味深かった。

ファッションのテイストは、わたしには少しマダム感が強めの印象で、そのまま取り入れたいコーディネートというわけではないのだけれど、そうした趣味の違いなどは気にならないくらい、クローゼットづくりのアイデアの素晴らしさが際立っていた。
また、コーディネートが置き撮りばかりではなく、著者自身による着用写真がたくさん載っている点もよかった。プロのモデルを使わずに、著者自ら被写体となって出演するのは、「中途半端な本にしたくない」という強い覚悟がないとできないことだと思う。

迷ったらここに立ち戻ればいいと思えた
『お金をかけずにシックなおしゃれ』

一方こちらは、撮り下ろしのコーディネート写真は一切なし、イメージ画像として外国人おしゃれスナップが数点掲載されているくらいで、あとは文章のみでとことん読んで考えさせるというシンプルで潔い構成。
でも理論と文章に強い芯が感じられて説得力があるので、退屈することなくぐいぐい読める。

ファッションブロガーという肩書きの著者は、個人相手のファッションレッスンなどを通じて「服はたくさん持っているのに着る服がない」と悩んでいる人たちのワードローブをたくさん見てきたという。
そうした経験から生まれたチープシック理論ひとつひとつが腑に落ち、「うんうん」「そうそう」と共感いっぱいで読みすすめるうち、自分の価値観がすっきり整理された感じだった。
また、写真たっぷりのおしゃれ指南本は、数年経ったらどうしても印象が古くさく見えてしまうのが難点だけれど、この本はもっと普遍的で定番的な存在として「迷ったらここに立ち戻ればいい」という本になり得る気がした。

とくにわたしが「ホントそうなの!」と膝を打ったのは、「今の自分はどんなライフスタイルなのかを冷静に見つめ、そこから必要な靴やアウターを考えるべし」という理論。

「残念ながら、ファッション誌で提案されるスタイルの多くは都市生活者のものです。カントリーサイドに暮らしている場合、必要のないものも数多く掲載されています。(中略)どんなにファッション雑誌がスーツやトレンチコートの必要性を説いたとしても、無視して構いません。だってそんなもの、本当に要らないんですもの。」(『お金をかけずにシックなおしゃれ』/小林直子 著・本文より)

タイトルは「お金をかけずに」とあるけれど、よく見かける「プチプラ服で〜」的なファストファッション提案とはむしろ真逆といっていい。
無駄な買い物をせずに、今の自分のライフスタイルに合ったワードローブを自分の手でつくる。そのための実践的ガイドとなる内容だった。

よい意味での「普通さ」と「真面目さ」が逆に新鮮。
『おしゃれになりたかったら、トレンドは買わない。』

もう一冊はこちら。スタイリストさんのおしゃれ指南本は数多く出ているけれど、この本は「元銀行員スタイリスト」と強調しているだけあって、いわゆるファッション業界者ではなく、ひとりの社会人として常識的な装いに真面目に向き合った視点が新鮮で、好感が持てた。

おそらくわたしが30代で、都心に住み、ファッション誌の仕事をしていたころに読んだら、こうは感じなかったと思う。「無難でつまらない」で一読して終わりだったかもしれない。

そうした本を、今こんなにおもしろく読めるのは、やっぱりファッションって、そのときどきのライフスタイルに根ざすものだから。
服と暮らしの両者にギャップがなく、自然に調和しているほど、他人から見て魅力的に映り、また自分も堂々としていられると思うのだ。
都心から郊外に引っ越して10年あまり、中学生になる子どもを育てながら自宅で仕事をしている今のわたしには、この本を貫いている「普通さと真面目さ」がちょうどよく感じた。

……というわけで、こうしたコーピングによってストレスフルな状況もなんとか切り抜けたわたしは、クローゼットの見直し作業も引き続き着々と進めており、

あとは緊急事態宣言が解除されて、ワクチンの普及が進めば、しばらくは恐る恐るでも、またおしゃれをして街へ繰り出すことができるだろう。

わが家の庭では梅もぽつぽつと咲き始め、いちばん寒くて体にこたえる季節は、そろそろ終わろうとしている。
不測の事態ばかりが起きる日々でも、季節はちゃんとめぐっているのだ。

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